まっとうな人生だったら文章なんて書いていない

 植本さんが初めて文章を書いたのは、ECDとの共著『ホームシック 生活(2~3人分)』に載った出産を振り返る一文だった。

「入院していた産婦人科が変わったところで、このときのことを忘れたくなくて書いたんです。自分の揺れ動く気持ちを書くというスタンスは、いままでずっと変わっていないですね」

植本一子さん 撮影/吉岡竜紀
植本一子さん 撮影/吉岡竜紀
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 では、仮に波風の立たない生活を送っていたら、植本さんは文章を書くことはなかったのだろうか?

「そう思うんですよ(笑)。この本を書いたあとしばらく休んで、カウンセリングに通っていたんですが、そのとき“まっとうな人間になりたい”と思ったんです。石田さんが亡くなるまでの3か月は、本当に苦しかったですね。末期がんの夫のそばにいると、自分のなかにある醜い感情に耐えられなくて、文章なんて書けなくてもいいから、もっと優しい人に変わりたいと思っていました」

 本書には「重要な他者」という言葉が出てくる。植本さんにとってのそれは、石田さんであり母だった。

本当は重要な他者がたくさんいるほうがベストですよね。その人とだけになると、0か100かの関係になりやすいです。実家の母とは、いまでも距離を置いたままですね。その関係は変わらないと諦めているけれど、どこかでいつか変わることがあるんじゃないかと期待もしています」