母に騙され、売られ、足を引っ張られた

 離婚後は小倉で暮らしていた母が、生田さんが中学生のころ博多に戻ってきた。中洲でクラブを始めたため、週末だけ彼女のアパートに泊まることが許された。

高校1年生の16歳のときに母のところにいたら“青山学院に入れてあげるから、今から東京に行きなさい”と、いきなり夜汽車に乗せられた。お金も何もくれないのよ。

 母は彼氏と見送りに来たけど、汽車が走り出す前に踵を返して男と手をつないで行っちゃったからね。あまりに急だったから、ボストンバッグに着替え1組だけ。おじいちゃんに会う暇もなかったわよ」

 東京駅に着くと見ず知らずの男女が待っていた。彼らは銀座のクラブ経営者で、彼女をそこで働かせようとした。

「つまり母に騙され、売られたわけ。ただ、1枚だけ名刺を持ってた。中学生のときにモデルコンテストに出て、“もし東京に出ることがあったら連絡して”ってテレビ局のプロデューサーから渡されたの。それで電話したら覚えていて、“すぐに来なさい”と言われて助けてもらったのよ」

 その縁でモデル事務所に所属。2年後には松竹に入社し、女優としてブレイクを果たす。

映画デビュー作『命果てる日まで』。左から岩下志麻、生田さん、尾崎奈々('66年)
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 だが、22歳のときにスキャンダルが彼女を襲う。

「母が妻子ある男性と心中未遂を起こしたの。連日ワイドショーや週刊誌で大騒ぎ。私が何かしたわけじゃないのに、決まっていた映画やCM、レコードなど、仕事はすべてキャンセル。1年間は復帰できなかった。人気絶頂のときに母に足を引っ張られたの」

 今風に言えば“毒母”に振り回された生田さん。それでも見捨てることはできなかったという。

「モデルで稼げるようになった18歳から、母が亡くなる48歳まで、毎月仕送りを続けたわ。時には100万円単位で要求されたことも。それでも断れなかった。母を憎めたら、どんなに楽だったか……。

 でも、それができないのよ。もし、私が亡くなったときは、福岡にある母の眠るお墓に一緒に入りたい。それは夫にも約束してもらってるわ

 そう語る生田さんの目は、とても温かく、そして美しかった。今ごろ天国で、大好きだった母とどんな話をしているのだろうか……。