ふたりはしばらく一緒に過ごした。お酒を飲み、限られたお互いの語学力を最大限に駆使して会話を楽しんだ。最後のほうになってようやく洋平は、自分がマンハッタンのアッパー・イースト・サイドにある寿司レストランのシェフだと告げた。そして、もしよかったら自分の仕事を見に来ないか、とタラさんを誘った。

「当時の私はまだ“ちょっと軽めな女”って感じだったのね」と懐かしそうに笑う。

「だから単純に『やった!タダで寿司が食べられる!』って感じだった。頭に浮かんだのは本当にそれだけ。その時はまさか彼と結婚するなんて思ってもないし、一目ぼれしたわけでもなかった。ただ『この人は日本人だから、この人と話せば日本語の練習になる。それに食事もタダで!』って考えて彼のお店に行くことにしたの」

神様のお告げがあったような感覚に

 だが、洋平さんが働く寿司レストランに行き、同じ空間で時間を共有してみると明らかに違った気持ちを抱くようになった。「小さくてかわいいお店だったわ」と振り返るタラさんから、当時の初々しいふたりが感じられた。

「私はカウンターに座って、彼が寿司を握る。次々にきれいなお寿司を出してくれたわ。そして感じたの、とっても大きな『幸せ』を。うまく説明できないけど、すごく不思議な感覚だったの。たとえるなら、心が温かくなるような感じで、お寿司と日本酒で酔ったかとも思ったんだけど、それだけじゃなかったのよね」

「世の中には、神のお告げが聞こえるなんて言う人がいるじゃない? 陳腐に聞こえるかもしれないけど、あの時まさに神のお告げが聞こえたわ。

『この男があなたの夫だ』っていう声よ。本当にすごく変な感覚だったの! もうまじまじと彼を見つめて、ずっと声の意味を考えたわ。『この人が?本当に?私の夫? 神様、本気なの?アジア人よ?マジで?』って(笑)」

 この最初のデートの後、ふたりは付き合い始めた。当時ハーレムにあった洋平さんの自宅と、ブロンクスのタラさんの家を往復する10カ月間を経て、タラさんはプロポーズを受けることになる。