健康保険法公布、伊・ムッソリーニが首相就任、ソビエト連邦成立【誕生】水木しげる、瀬戸内寂聴 出典/明治安田生命
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 女の子の1位は千代、7位には千代子も。

「これは欠乏感、不安感の表れです。久子もそうなんですが、長寿を祈る名前なんです」

 千代、千代子は1926(大正15・昭和元)年まで必ずどちらかがトップ10入り。久子はなんと1938(昭和13)年までトップ10に入り続け、1位を3回獲得した。

「当時は医療が発達しておらず、どこの家でも子どもが1人や2人は病気で亡くなっていました。逆に、だから子だくさんでした。医療や保険制度の発達に伴い、心配せずとも子どもが健康に育つようになると、千代子や久子という名前は減っていきました」

 2位のハル、3位のハナなど、カタカナの名前が上位なのは意外。

「江戸時代、女性には2つの音の名前をつけていました。その名残でしょう。大正時代まではよく見受けられました」

1922年は漢字1文字と『子』が大人気!

 1922(大正11)年の男の子では、トップ10のうち、漢字1文字の名前が7つを占めている。

「大正の終わりくらいから人気に。ただし、すべてが訓読みです」

 男の子の一文字名前の人気は高まるばかりで、1933(昭和8)年には初めてトップ10を独占。以後、19回の独占を経て、1964(昭和39)年に2文字名前が4つ(達也、和彦、直樹、浩一)登場するまで、圧倒的人気を保ち続けた。

 一方、1922(大正11)年の女の子。トップ10はすべて“子”がつく名前だ。子のトップ10の独占は、その前年から、1957(昭和32)年に明美が9位に入るまで、36年も続いた。

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「子は奈良時代以降、皇室では使われていましたが、一般庶民はおそれ多くてつけませんでした。一気に広まったのは明治の中ごろ。津田梅子など女性先駆者の影響もあったと思います。実は、もともと子は尊称でした。今でいうと“様”に近く、ニュアンスとしては“ご令嬢”とか“奥方様”。

 子がつかない人にも、子をつけて呼ぶことが、とても礼儀正しいことだったんです。春さんにも“春子さん”。みんながそう呼ぶようになり、名前の一部として組み込まれていったという流れがあります

 1942(昭和17)年の男の子の名前は、勇ましいものが多い。時代は、太平洋戦争の真っただ中だ。

「勝、勇、進、勲など、戦いを象徴する名前が増えました。女の子も、8位は勝子です。“戦時中だから”という分析は間違いではありませんが、もっと細かく見てみましょう」