41歳で入門

 人気芸人の座を捨て、41歳で入門。

「芸人から放送作家になったときに、転校生気分はすでに経験していたので、弟子の日々はまったく苦ではなかったです。雑用も覚悟のうえでしたし、ぎっくり腰の僕を気遣って、若い兄弟子たちが重い荷物は持ってくれましたし(笑)。

 ただ師匠の教えで、最初は放送作家と両立していたんです。直接口には出してはいませんが、テレビで少しでも上方落語を話題にしてほしいという思いもあったんでしょうね。

 でも大阪では雑用をしているのに、東京では放送作家でえらそうなことを話す……という落差に、僕自身が耐え切れなくなって。このままだとメンタルがダメになると思い、落語に専念することにしました」

『アメトーーク!』など人気番組を担当していただけに、落語一本にしぼったことで収入は10分の1にまで減少。

落語家の弟子は本当に稼げない(笑)。それでも僕はテレビの仕事が多少あったので、まだいいほうなんです。

 そうそう、ナベアツでブレイクしたころに、“年収1億円”と書かれたんですが、吉本でそんなに稼げるわけがない(苦笑)。みなさんが思っているより稼ぎは少なかったので、貯蓄も人並みにしかなかったんです。

 妻には“貯蓄がなくなる前に稼げるようになる”と宣言して、半ば強引に落語家になったのですが、稼げるようになる前に貯蓄はすべてなくなりました。特に贅沢(ぜいたく)はしていないんですけどね。だから今は節約するようになりましたよ」

 収入減の理由はほかにも。弟子になったことで、所属する吉本が、営業のギャラまで若手価格に引き下げたのだ。

落語家としてはペーペーですが、まさか芸人のギャラまで下げると思わないじゃないですか。しかもナベアツのころの3分の1まで下げられて(苦笑)。

 それで折衷(せっちゅう)案として、2分の1のギャラでどうですか? とマネージャーに提案したところ社内の営業会議の議題にまで上って、しかも結果的にNGになるという。本当、吉本は厳しい会社です(笑)」

 そんな苦労を経て今年10月、どうしても欲しかったという『NHK新人落語大賞』のタイトルを手に。