企画書の「おまけ」として誕生!?

蒲島郁夫・熊本県知事と知事室で。くまモンの上司で最大の「理解者」でもある
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 くまモン誕生のきっかけは2011年の九州新幹線全線開業だった。福岡から熊本を通って鹿児島中央が終着駅。

「熊本県を通り過ぎて、観光客が鹿児島へ行ってしまうのではないか」と県は焦り、アドバイザーである天草市出身の脚本家・小山薫堂さんとタッグを組む。そこで生み出されたのが「くまもとサプライズ!」という言葉。県民自らが、周囲にある熊本のよさに気づき、発信していこうというプロジェクトだ。

 小山さんは、そのキャッチコピーのロゴを、『グッドデザインカンパニー』の水野学さんに依頼した。

 プレゼンの数日前、ロゴは完成したものの、水野さんは考え込んでいた。

「マークはできている、企画書もできた、プレゼン中、この言葉で笑いもとれる(笑)。だけど何かが足りない。これが本当に熊本県のためになるのだろうか、と。当時、宮崎県の東国原知事が毎日のようにテレビに出て宮崎県をPRしていたんですよ。ああいう人がいればいいなあ、何かいい方法はないかなと思って生んだのがくまモンなんです。熊本城や阿蘇などの名所を表現しない熊のキャラクター。熊本の者(もん)だからくまモン。それをおまけとして企画書の最後につけました

 当時の企画書を見せてもらうと、そこには本当に「おまけ」と書いてある。だが、水野さんにとっては「くまモン」こそが、企画書のメインだった。

「『くまもとサプライズ!』だからくまモンの目は基本的にびっくりしているんです。日本でヒットするキャラクターは、アンパンマンもピカチュウも、みんな頬が赤い。それも意識しました」

 目の幅の間隔、目の大きさ、全体のバランスなど数千通りも検討した結果、くまモンのイラストは生まれた。

「プロジェクトのアイコンとしていいなと思いました」

 と小山さん。県の反応もおおむね良好だった。このときお蔵入りしていたら、今の活躍はない。県トップの蒲島知事の英断があったからこその採用だった。さっそく、このかわいいイラストを立体にしようという話が持ち上がり、くまモンができあがった。ところが当初は、熊の頭をかぶった、ただの細身の人型。小山さんも最初見たときはびっくりしたという。現在はゼロ号機とか初号機と呼ばれているこの「着ぐるみ」だが、とにかくかわいくなかった。

「私たちがそれを見て、うーん……と困っているとき、見るに見かねて現れたのが、今の丸くてかわいいくまモンなんです」

 蒲島知事はにこにこしながらそう言う。隣でくまモンも「うんうん」とうなずいている。やせていた当初のくまモンが、熊本のおいしいものをたくさん食べて太り、今のくまモンになったという説もあるが、ここは知事の言葉を尊重したい。2010年3月12日にくまモンが登場してから、知事はくまモンを連れ歩く。7月には「くまモン隊」も結成され、くまモンはアテンドのおねえさんやおにいさんと行動するようになった。

 くまモンが最初に登場したころから大ファンで追いかけてきた熊本在住の桑原裕子さんと吉村康代さん姉妹は、「あのころは、くまモンが近づくと、子どもたちがみんな怯えて泣き出し、逃げていました」と話す。

「最初はイベントにも人がいなくてね。県の職員さんが“これをつけると、くまモンになれますよ”と赤くて丸いくまモンのほっぺを配ったり、くまモンのサイン会をやったり。私たちは人気が出ると信じて応援していました(笑)」