その程度ならやめてしまえ!

教育実習を経て、初めて『先生』という仕事を現実のこととして見つめたんです。陸上と天秤にかけたとき、可能性があるなら、『陸上を続けたい』と初めて思いました

 そこで、教育実習先でもあった高校の恩師に連絡をした。

高橋尚子さん 撮影/坂本利幸
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「教育実習の際は、ありがとうございました。でも私、もう少し陸上を続けたいんです」

 すると恩師は、カツを入れた。

陸上をただ続けたい、3年、ちょっと試してみたい……? その程度ならやめてしまえ! 世界で1番という高い志を持つなら、やる意味はある。今、いちばん強いのは小出監督のチームだ。そこで日の丸を目指すのなら、オレは応援する

 小出義雄監督。リクルートで陸上チームを束ね、当時、有森裕子など数々の選手を育てていた。「そんなところで私が活躍できるはずはない」と思いながらも、思いはどんどん膨らんだ。

 そして高橋さんは、8社もの実業団からのオファーをすべて断り、背水の陣で小出監督のもとへ直談判しにいくが、会社の方針で大卒の陸上競技者をとらないと伝えられ、あえなく玉砕してしまう。

 あきらめることができなかった彼女は「自費でいいので、お願いします!」と頼み込み、約10日間の北海道合宿に参加することとなった。

自分でも『よくやれたな』と思うぐらい、必死になって練習にくらいついたんです

 合宿最後の日。小出監督からを呼び出され。

「ウチは会社の方針で、社員ではとれないから、給料は安くなるけど契約社員でも来るかい?」

 突然のオファーを二つ返事で受けた。高校も大学も推薦で進学していたため、初めて自分で自分の扉を開けることになる。

 1995年、リクルートに入社。念願の指導を受けられると思ったが、小出監督は総監督として、マラソンだけを見ることに。ひとまず、これまでどおりの中・長距離の走者として研鑽(けんさん)を積んだ彼女は、入社1年目から駅伝メンバー入りを果たし、結果を着々と残していった。