全国豆記者交歓会代表・山本和昭さんの証言

 学級新聞などの記者活動を通じて、沖縄と本土の小中学生の交流と互いの文化や生活を知ることを目的に、'63年に始めたのが“豆記者交歓会”です。

 この年の春休みに皇太子殿下(現陛下)と初めてお会いしてから、豆記者との懇談の場でも数十年、合計で100回近くお会いさせていただきました。美智子さまとは、その年の夏に中軽井沢千ヶ滝の『プリンスホテル』でお会いさせていただいたのが最初でした。

 '75年に沖縄で海洋博覧会があり、おふたりが初めて沖縄にいらっしゃいました。このときご宿舎だったホテルで豆記者たちと再会していただきました。

 お帰りの際に、那覇空港で豆記者たちもお見送りに行ったのですが、その姿を見つけた皇太子ご夫妻(現両陛下)が、ゲートから少し離れた場所で車を降りられたのです。皇太子殿下とご一緒に近づいてこられた美智子さまは、

こんな金網ごしにごめんなさい

「お見送りありがとう」

 と、お声をかけてくださいました。さらに、浪人していると聞いていた女生徒に「合格したら、ぜひご連絡くださいね」と、やさしくお声をかけてくださったお姿が強く印象に残っています。

美智子様の優しいお人柄

豆記者との懇談が終わり、お別れの挨拶に来られて('85年8月)

 当時の皇太子ご一家と軽井沢でお会いしているとき、沖縄の中学生の女の子が、自分の服にジュースをこぼしてしまったことがありました。本人が困惑しているのを見つけた美智子さまは、すぐさまハンカチを取り出され汚れた部分をそっとおふきになったのです。そのさりげないお振る舞いに、美智子さまの優しいお人柄を改めて感じました。

 夏の軽井沢で静養されているときは、ご一家に沖縄の歌をお聴かせしたり、琉球舞踊をお見せするのが恒例でした。

 ある年、『安里屋ユンタ』(八重山群島竹富島に古くから伝わる歌と踊り)を披露した折に、おふたりも子どもたちのすすめでお入りになって踊られたことがあったのです。

 その際、ナルちゃん(皇太子さま)とアーヤ(秋篠宮さま)が、「見るにしのびないですね」「手と足の運びが不自然ですね」と口々にはやされていたのも、ご一家の温かみを感じました。

 美智子さまは、ある女生徒にお会いした際、「あなたの制服は前に見かけたことがありますが、同じ学校の方が以前に豆記者としていらしたことがあるのでは……」と問いかけられ、女性らしいお心配りと、鋭い観察眼に驚かされたこともあります。

 ご聡明で、気配りと思いやりあふれる美智子さまは、一歩引いた形で『平成』の30年を陛下とともに築いてこられたのだと思います。