極刑を望む遺族

 昨年2月12日、鷹仁被告は初めて恵美被告に「麻衣子さんを殺害する」と告げた。長女と自分を守るためにはしかたないと……。

 恵美被告は、

「空想だと思っていました。鷹仁はそんなことのできる人間ではないと思っていましたから。でも、精神的に相当参っていると感じたので、それをなだめ、発散させるために自宅の穴掘りなどを受け入れたわけです。一方で麻衣子さんを入院させる病院を探そうとしました

 その翌日、恵美被告は友人と会って病院を紹介してもらっている。結局、入院させることはできず、鷹仁被告は殺害を遂行した。

 犯行後の偽装工作は悪辣(あくらつ)だ。鷹仁被告は「行方不明」を装うため麻衣子さんのスマホに電話し、捜索願を出し、近隣の駅でビラ配りをした。

 麻衣子さんの両親に対し、

「帰宅時にエアコンの温度が変わっていた。麻衣子が帰ってきたのかも」

 とか、

「もしかしたら、麻衣子には男がいて、その男と暮らしているかも」

 とまで言ったという。

「自首しようとも思いましたが、長女が殺人犯の子どもになるので、できませんでした。自殺も考えました。逮捕後は余計にそうです。いまでも殺すときの麻衣子の“パパ、やめて。苦しい”という声が聞こえています」(鷹仁被告)

 両被告とも遺族には、

「本当に、本当に申し訳ないことをしました。信頼を裏切ってしまって、なんと言ってお詫びをしたらいいのか」

 などと涙を流し、嗚咽して詫びた。

 麻衣子さんの両親と妹は裁判に参加し、

「あんなひどいやり方で殺して、土の中に放っておくなんて、絶対に許すことはできません。極刑を望みます」

 と言い切った。

麻衣子さんの遺体はここに埋められていた

 鷹仁被告の弁護人は、「罪の程度は介護をしている人の場合の介護疲れによる殺人に該当する。それにうつ病も入れると、執行猶予つきの懲役3年が妥当」と主張。

 恵美被告の弁護人は、

「殺人幇助は立証できていません。執行猶予が相当」

 と、最終弁論で述べた。判決は6月12日に下る。

(取材・文/フリーライター山嵜信明と週刊女性取材班)


やまさき・のぶあき 1959年、佐賀県生まれ。大学卒業後、業界新聞社、編集プロダクションなどを経て、'94年からフリーライター。事件・事故取材を中心にスポーツ、芸能、動物虐待などさまざまな分野で執筆している