桑野は完璧主義者だから肉体はストイックで中年太りの気配は微塵もない。だけど顔の肌具合は年相応の変化も見える。50代を超えた人間の肉体のせめぎ合い、身体は衰えたくない、でも顔のよさを売りにしていないから顔面のエイジレスにはさほど気を遣っていない。つるつるだったら逆にへんで、経験が顔を作るのだが、どこか迷いもにじむようにも阿部は見せているように感じる。

 そんな人間のありさまを見て、共感した視聴者も少なくないと思う。なにしろ、独身率は増えているのだから。そして、13年分の事情を皆、それなりに抱えているのだから。阿部寛は、そんな日本人の心をみごとに全身に映し出していたのである。私のSNSでも共感している独身男性が数人いた。

 愛らしい皮肉屋キャラがあまりに鮮やかで、阿部寛自身がそういう人なのかと思ってしまうほどだが、何度か取材をしても私には彼の素がまったくわからない。

「トリック」で阿部の魅力を開花させた堤幸彦監督が「もしかして阿部さんは(実は)すごく小さな人で、芝居が終わると身長191センチの阿部寛の外皮を脱いでいるのかもしれない」というようなことを拙著『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』のなかで語っていて、そうなのかもしれないと思ってみたりもするが、本当のところはわからない。

二枚目イメージとのギャップを意識している?

 ただ、デビュー当時、『メンズノンノ』のモデルをやっていて、爽やかな二枚目として人気を博しながら、二枚目のイメージが強すぎて一時期停滞した時代があったからこそ、ギャップを作ることでがぜん広がりが出ることを痛感しているのではないかという気がする。

 恩師であるつかこうへいの舞台で、エキセントリックなキャラを爆発させることを覚えた後、劇的にレンジが広がった。恥ずかしいと思うようなことをやるときも、つかこうへいが稽古に見学者をつねに呼んでいて、その人たちの反応によって恥ずかしさがなくなっていったという。「イケメン」として単純にくくられることにあらがいたいと願う、世の見た目のいい男性の見本となる人物だろう。

 公式ホームページが昔ながらの素朴なデザインのままでいることも好感度を上げている。どんなに名優になろうとも、ちょっとだけとりつくしまを与える、それを続けている阿部寛演じる桑野信介は、令和の国民的キャラクターになりうるかもしれない。(敬称略)


木俣 冬(きまた ふゆ)○コラムニスト 東京都生まれ。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。