国のためという意味では同じ

 元宮内庁職員で皇室ジャーナリストの山下晋司さんは、平成と公務の全体量は変わっていないとしてこう見る。

「皇后陛下は、難しい境遇に置かれている子どもたちやアニマルセラピーに関連する新しい公務をおやりになる可能性はあります。ただ、国際親善もそうですが、上皇后陛下がおやりになっていた公務との兼ね合いが難しいかもしれません」 

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 その中で、雅子さまがとりわけ力をお入れになるのは「皇室外交」といわれる国際親善の分野だろう。

外交官として仕事をするのも、皇族として仕事をするのも、国のためという意味では同じ

 と結婚を迷われる雅子さまに、陛下がそうプロポーズされたことは有名な話。

 外交官の父をもち、幼いころは旧ソ連で過ごし、その後もアメリカでの生活が長く、外務省のキャリア官僚として活躍されていた雅子さま

 国際舞台での活動は“悲願”と言ってもいいはずだ。

 しかし、「究極の外交」どころか海外訪問すら制限された四半世紀を過ごされることになった

「皇太子妃時代の雅子さまの正式な海外ご訪問は、決して多くありませんでした。

 '06年のオランダご静養を除くと、ご成婚直後の'94年と'95年の中東諸国訪問と'02年のニュージーランド・オーストラリア訪問と'13年のオランダ国王戴冠式、'15年のトンガ国王戴冠式。

 非公式なものでは、'99年に2回あった程度です」(前出・社会部記者)

 25年以上の間に10回に満たない数だったのだ

 皇太子妃の役割は、国際親善だけではなく、国内のご公務や宮中祭祀、書類のご決裁まで多岐にわたることは雅子さまも理解されていたはず。

 しかし「究極」を目指していたキャリアウーマンの環境としてはあまりに過酷……。 

 雅子さまが失望され、お元気をなくしていったことは想像に難くない。