矢部の心の内を冨田さんが代弁する。

「高校生のときに入江さんと仲よくなって生活が楽しくなったことが、僕ら第三者の想像以上に、矢部さんの中で大きいんだと思うんです。その入江さんのことを他人事のように語るのは、矢部さんにはできないのかなって」

 駆け出しのころから矢部と入江を見続けてきた土屋さんも、次のように分析する。

「人見知りの矢部と、誰とでもすぐに打ち解ける入江。性格は対照的ですが、だからこそ長年コンビを続けてこられたのでしょう。誰にでも心を開くタイプじゃない矢部にとって、入江は心を許せる数少ない人のひとり。矢部にとっては入江こそが永遠の相方なんじゃないでしょうか」

『大家さんと僕』が生まれて、今の僕がある

 現在も、『カラテカ』は解散していないが、矢部ひとりでの活動が続いている。

「今後のことはどうなるか、わからないけれど……。でも、これまで“カラテカの矢部”として活動してきたから、僕から『カラテカ』を取ったら、誰だかわからなくなっちゃうんじゃないですかね(笑)」

 プライベートでも相変わらずひとりの生活が続いている。木下さんは「矢部くんは女性に対してものすごく奥手」と明かす。

「僕が応援して女性とくっつけようとしたこともあったんですが、うまくいかなくて。最近は女性の話すらしなくなりました (笑)」

 もともとひとりには慣れているという矢部。ひとりで、好きなことに打ち込むのが自分には向いていると語る。

「『電波少年』で語学を学んだことや、気象予報士の勉強に打ち込んだことは、漫画を黙々と描くことに通じるものがある。また、『電波少年』での経験は、違う文化の人と交流することの楽しさを教えてくれました。そういった過去があって、『大家さんと僕』が生まれて、今の僕がある。だから、自分が経験してきたことすべてが今につながっていると思うんです」

「これからも身の丈にあった仕事を受けたい」と矢部 撮影/森田晃博
「これからも身の丈にあった仕事を受けたい」と矢部 撮影/森田晃博
【写真】父である絵本作家のやべみつのりさん、高校生時代の入江慎也と

 これから先、大家さんのような人になりたいかと尋ねると、矢部は「なれますかねぇ……」と考え込んだ。

「大家さんは人とのつながりをとても大切にしていました。それでいて、いつも幸せそうで周りも幸せにしているような人でした。僕にとっては、“大切にしたいこと”が、大家さんのように周りの方と仲よくすることではないかもしれない。でも、僕も、自分が大切に思うことをしっかり持ちながら、周りも幸せにできるような人になれたらいいですね」

 矢部が精魂こめて綴った大家さんとの物語は、多くの人の心を温めた。自分が大切にするもので、人を幸せにしたい。もしかしたら、その願いはもう半分以上、叶っているのかもしれない。


取材・文/音部美穂(おとべみほ)フリーライター。週刊誌記者、編集者を経て独立。著名人インタビューから企業、教育関連取材まで幅広く活動中。共著に『メディアの本文雑な器のためのコンセプトノート』(彩流社)