普段聞けない土俵上の「音」

 でも、初日に見た大相撲の取組は、確かに淡々と進んだ印象は否めないのだが、八角理事長が述べたように、床山が髷(まげ)を結い、拍子木が打たれ、呼び出しが四股名を読み上げ、力士は四股を踏み、塵手水を切り、行司がさばく。そうした一連の、江戸興行相撲の発祥前から培われてきた歴史や文化があると、たとえお客さんがいなくて興行としての面が成り立たずとも、草相撲のようにはならず、大相撲としてそこに威風堂々ありうることを感じた。

 大相撲はそこにあるだけで、すでに大相撲なんだ。数百年にわたって培ってきた、先人たちが築いてきたものが支えている。

 ぶっちゃけ、江戸時代から今まで、相撲興行の意匠がさまざま整えられてきた背景には、いかに大衆を喜ばせるか以上に、天覧相撲で将軍さまを喜ばせて己の地位を高めようとした大名たち(注:江戸時代は各藩大名が力士を抱えていた)が知恵を絞ったにすぎないのだが、だからこそ、いかに相撲を「映え(ばえ)」させるかを数百年も頭とお金を使って競い続けてきたものがある。今どきの安易なインスタ映えなんかでは太刀打ちできない「映え」がここにはある。

 力士たちはみな、日ごろとは違う環境に悪戦苦闘、必死に気持ちを高めようとしているのが伝わった。それはそれでまた、違う感慨を見る側に与えてくれた。圧倒的に強くてすぐに決まってしまう勝負はなんだかあっけなく感じ、もつれた取り組みにこそ面白さを感じたりもするのも、普段とは違った。

 十両の矢後−貴源治戦、もつれた両者のハアハアする息遣いが大きく聞こえたのには、ドキドキした。声、息づかい、土俵にふんばる音、まわしを叩く音、そうした音を楽しむのも今場所の醍醐味(だいごみ)だ。

 ちなみに相撲協会のホームページには「本日の取組表」があってダウンロードすることができる。日ごろは素っ気ないモノクロだが、今場所中はいつも会場で配られるカラーで、広告なども入ったものと同じ仕様。印刷すると、なんだか楽しい。お茶やおやつも用意して、応援タオルもフリフリして、テレビの前から応援をしたい。

 二日目もすでに幕開けした。どうか、無事に15日間を戦ってほしい。私たち相撲ファンも全力で応援する。

2020年、無観客となった大相撲春場所をテレビ前で観戦
2020年、無観客となった大相撲春場所をテレビ前で観戦
【写真】異例となった協会ごあいさつ、土俵の両脇に並ぶ力士たち

和田靜香(わだ・しずか)◎音楽/スー女コラムニスト。作詞家の湯川れい子のアシスタントを経てフリーの音楽ライターに。趣味の大相撲観戦やアルバイト迷走人生などに関するエッセイも多い。主な著書に『ワガママな病人vsつかえない医者』(文春文庫)、『おでんの汁にウツを沈めて〜44歳恐る恐るコンビニ店員デビュー』(幻冬舎文庫)、『東京ロック・バー物語』『スー女のみかた』(シンコーミュージック・エンタテインメント)がある。ちなみに四股名は「和田翔龍(わだしょうりゅう)」。尊敬する“相撲の親方”である、元関脇・若翔洋さんから一文字もらった。