徳井が振り返る「チュートリアル」

 チュートリアルはどちらも京都生まれの京都育ち。幼稚園からずっと同じ時間を過ごしていた幼なじみだ。そんな2人がコンビを組んだのはお互いが23歳のとき。NSC(吉本興業の芸人養成所)を卒業するも芸人の道を歩まなかった徳井を、NSCに通っていない福田から誘ったことがきっかけだった。

 当初から頭角を現していた彼らは、コンビ結成から8年後、2006年の『M-1グランプリ』で優勝する。その後は、全国ネットのテレビのレギュラー番組を数多く持ち、特に徳井はひとりでの活動が増えていった。

 順風満帆に見える芸能生活。だが、徳井はあるとき、こう振り返っている。自分が自信を持って世間に提供できるのは、漫才などのネタしかない。しかし、『M-1』で優勝を果たし、提供できるものはすべて提供したという感覚がある。それ以外のテレビの仕事は、芸ではないという感覚がある。

「うちの正規の商品じゃないものでやらせてもらってるから、年齢とともに、ホンマに仕事いただけるんであればというか、オファーしてもらえるんであれば、やらせてもらいますっていう感じになってきた」(フジテレビ系『ボクらの時代』2016年3月20日)

 そんな徳井が今回、自身の力を存分に発揮したのは、やはり舞台の上だった。漫才という表現であり、何よりチュートリアルという関係だった。

漫才と交差する現実の2人

 漫才の終盤、徳井は語りだす。

「昔のこと思い出せや。23歳でコンビ組んだよな。全然、仕事もなくて金もなくて、腹減ったなぁ言うて。将来のこと不安で。俺ら売れんのかなって。ずっと言うてたやん。くすぶってるころ。

 なんとか頑張って、一応『M-1』とって東京出てきて、仕事は増えたよ。増えたけど今度、忙しなりすぎて、お互いなんかギスギスして、ピリピリして、ケンカもして、こんなやつ解散やでって、俺も思ったし、お前もたぶん思ったことあるやろ」 

「そやけどな、やっぱり、20年以上こうやって漫才できてんのは、俺はな、俺は、相方がお前やったから。そう思ってるよ。感謝してるよ」

「いろいろあって、お前に迷惑かけて、ホンマにごめんなって思ってる。でも、やっぱりこうやって、漫才一緒にやって、これから2人頑張っていこうって、思ってるんや」

 よろしくな。こちらこそ。改めてそうお互いに確認しあった2人。しかし、ここは漫才を披露する舞台の上だ。2人は友達ではなく、ボケ役とツッコミ役だ。徳井の長弁舌は終わり、ネタは次のように閉められた。

徳井「じゃあ、下半身見てくれよ」

福田「やっぱ頭おかしいやないか。やめさせてもらうわ」

 徳井の今回の過失は大きなもので、一部には厳しい声もある。問題を率先して“笑い”に変える態度を、反省のなさと受け取る向きもあるだろう。2人の友情を匂わせる構成を、お涙ちょうだい的なものとして責める声もあるかもしれない。

 ただ、2人のリアルな友人としての時間、若手時代からの相方としての時間、漫才上のボケとツッコミのやりとりの時間、そして、ここ半年の騒動の時間――、それらの時間を2人のやりとりだけで舞台の上に重ねていき、漫才として演じきる表現力には、思わずうなった。

 漫才師・チュートリアル。その「正規の商品」を改めて堪能した時間だった。


文・飲用てれび(@inyou_te