'81年、仲本工事と志村さんの競馬ノミ行為が発覚し、『8時だョ!全員集合』を1か月謹慎。「志村が出ないとつまんない」の声も
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 いっちょめいっちょめ、ワ~オ! 

 カラスの勝手でしょ

 生麦生米生卵

 最初はグー! 

 ひげダンス

 だいじょうぶだぁ

 あんだって? 

 だっふんだ

 アイーン

'87年に始まった『志村けんのだいじょうぶだぁ』。田代まさしとの「じいさんや!」「ばあさんや!」、変なおじさんなど。お相手役はいしのようこ
代表作の『バカ殿』。過去に「お子さんが最初にバカ殿を見たときのリアクションがおもしろい」と語っていたことも

……挙げたらキリがない志村さんのギャグの数々。その思い入れは異なれど、日本人の誰もが“志村世代”の自負があるのでは?

'01年のNHK紅白歌合戦に出場したザ・ドリフターズ。'04年にいかりや長介さんが逝去したため最初で最後の“全員集合”紅白出場となった

 ザ・ドリフターズ加入直後から、週刊女性は志村さんを取材し続けてきた。13年前のインタビューでは、こんなことを。

「難解談義の漫才が今の主流になっちゃったけど、ちゃんと喜劇があることを残しておかないといけない気がするんですよ。

 僕が子どものときには喜劇や舞台を見て“すごいなぁ”と思っていたので。で、こういう仕事をやってるわけですよ。今の若い人がそれを知らないのはかわいそうだからね」

 と、好きだった『アメリカンスピリッツ メンソールウルトラライト』に火をつけた。

'86年『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』がスタート。おもしろビデオコーナーは、愉快な動画紹介の世界的先駆けだった
本人が“一番のお気に入り”と語る『ひとみばあさん』。アイデアのもとは「新宿の飲み屋のおばあちゃん」の説も

 まさに、日本人を笑わせ続けるために捧げられた人生だった―。

志村さんが生まれた東京都東村山市の駅前。功績を称えて植えられた3本の「志村けんの木」の近くには献花台が……