スポーツ義足は、生活用の義足と違い、公費から補助が出ない。参加者に負担をかけないよう、1つ20万円くらいする貸し出し用の義足をそろえる必要があったからだ。

「5年くらい前から、職場が費用を出してくれたり、スポーツ義足を寄付してくれる団体が出てきてラクになったけど、それまでは生活用義足のあまった部品をスポーツ用に使ったりね。もう、孤軍奮闘。だけど、やめようと思ったことは、1回もない」

 きっぱり言うと、メンバーたちの走る姿を見渡しながら、ポツリと言葉を足す。

「俺がやめちゃったら、元に戻っちゃうじゃない。せっかくのいい表情が」

ミニスカートが履ける義足

 東京・南千住駅から徒歩1分の場所に、臼井さんが勤める、鉄道弘済会義肢装具サポートセンターはある。

 ここは、リハビリ施設も完備された全国屈指の規模の製作工場。常時30人の義肢装具士が働いている。

 臼井さんは勤続36年の大ベテランだ。

「臼井さんは患者さんに義足を合わせる能力がずば抜けています。でも、それ以上に、僕が驚くのはコミュニケーション力ですね」

 そう話すのは、職場の後輩、義肢装具士の出口雄介さん(39)。臼井さんに憧れて、この道に入ったという。

「患者さんが、スポーツをやっていたような活動的な人なのか、あまり歩かない人なのか、何に興味を持っているか。自然な会話の中で聞き取り、ひとりひとりにぴったりの義足を作る。対応する患者数も多いのに、すべての人に対してです。簡単にはまねできないですね」

 その言葉を裏づけるように、「オーダーメードの服のような義足を作ってもらった」と話すのは、都内のデザイン事務所に勤務する、イラストレーター・須川まきこさん(46)。15年前に血管肉腫を患い、左足の大腿骨を骨盤から切り離す、大がかりな手術を受けた。

須川さんの外装を手に、「足首を少し削って調整しようか」と臼井さん。定期的に微調整の相談にのっている 撮影/伊藤和幸
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「初めて自分の身体を鏡で見たときは、わかっていたけどショックでした。もう好きなおしゃれもできなくなると。でも、臼井さんが『ミニスカートがはける義足を作ってあげる』と言ってくれて。座ってもひざがぐにゃっとならないよう、外装を工夫してくれたんです。2度と着られないと思っていたワンピースを、また着られたときの喜びは、今も忘れられません」

 須川さんの義足は、骨のかわりをする金属に、『外装』という肉厚なカバーをかぶせるタイプ。台所スポンジなどに使われるウレタン製の外装はミリ単位で削られ、上から厚手のストッキングをかぶせる。健足とそっくりで、どちらの足が義足かわからないほどだ。