広い世界を見せてくれた

 一方、あえて外装をつけず、金属のままの義足を見せるのは勅使川原みなみさん。

『スタートラインTОKYО』の練習会にも、母娘で参加していた女の子だ。

「外装をつけると、なんかもやもやしちゃうかなって。私は最初から義足ってことを周りに知ってもらいたかったので、そのままつけています」

 だが、ここにも臼井さんはひと工夫。みなみさんの義足のソケット(足の切断面と義足をつなぐ部分)は、おしゃれな迷彩柄で、よく見るとキラキラ光っている。

「迷彩柄は、臼井さんに好きな生地を選んでおいでって言われて自分で選びました。ラメは、義足ができあがったら、なぜかついてた(笑)」

 臼井さんが言う。

「みなみは外装をつけないから、もっと華やかにしてみようかと。ドラッグストアでラメのネイルっていうの? 初めて買ってね」

 20年ほど前まで、ソケットは肌色や白が一般的だったが、「リハビリ用具っぽい」とはきたがらない利用者もいた。そこでソケットの外側に好きな柄の布を貼れるように臼井さんは工夫した。

 利用者に好きな布を買ってきてもらい、ソケットの形状に沿って貼りつけ、上から樹脂をしみこませて作る。和柄や花柄、好きなアニメのキャラクターなど、世界に1つだけのオーダーメード義足に個性がにじみ、愛着も湧く。

 生地やラメを加工すればそれだけ手間がかかるが、臼井さんは惜しむことなく“思い”をのせる。

「はきやすい義足を作るのはもちろんだけど、モチベーションていうのかな、義足をはきたくなる要素を1つでも増やしたくてね」

手術した直後はふさぎ込んでいたみなみさん。臼井さんに誘われてイベントや練習会に参加するようになり笑顔が戻った 撮影/伊藤和幸
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 その“思い”は、義足作りだけにとどまらない。

 みなみさんの母・里佳さんが話す。

みなみが高校進学に迷ったとき、臼井さんに相談に行ったら、『高校に行って、やりたいこと、見つけたほうがいいぞ』と言われたみたいで、その日のうちに『高校行く!』と決断して帰ってきました。中学を不登校ぎみになったときも、臼井さんは否定することなく、『みなみ、借りていいですか?』って、24時間テレビのイベントや職場に連れ出して、広い世界を見せてくれました。みなみにとって、臼井さんは誰よりも信用できる大人なんです」

 進学に限らず、義足になって職を失った人にも、職業訓練校や公務員試験の受験などをアドバイス。今後の進路をともに考えている。

「この仕事をやっていて、いちばんつらいことは、患者さんが亡くなること。作ったばかりの義足が、はかれることなく送り返されてくることもあります。深刻な病気の場合、再発のリスクは5~7年はつきまとう。必ず治ってほしいから、前向きに生活できる環境を整えたい。そうすれば免疫力も上がるからね」

 臼井さんは、足首の角度が調整できてヒールもはける、リアルコスメティック義足や、妊婦がお腹のふくらみに合わせてはける、マタニティー義足も世界で初めて開発。

 精巧な義足を作るだけでなく、患者の心にしっかり寄り添う。この義足作りにかける並々ならぬ思いは、どのようにして生まれたのだろうか。