志村けんさんが亡くなり、ひと月半がたとうとしている。稀代のコメディアンの死はあまりにも突然で、現在も社会に影響を及ぼし続けている『コロナウイルス』が原因だったことも相まって多くのファンが悲しみに暮れた。

 そんな志村さんが、最期までMC(番組内では“園長”)としてレギュラーを務めていた番組の1つが『天才! 志村どうぶつ園』(日本テレビ系)である。

「“コント番組以外のテレビはやらない”と言われていた志村さん唯一の、コント以外のレギュラー番組でした。この番組を引き受けたのは、志村さんが根っからの動物好きだったため。行方不明となっていたペットとの奇跡の再会や飼育員の頑張りなど、感動シーンも多く、涙もろい志村さんの性格もあって人気番組となりました。

 また、“捨て犬ゼロ部”“保護ネコゼロ部”“絶滅ゼロ部”といった動物保護の観点によるコーナーも多く、動物好きからの評価も高かったですね」(テレビ誌ライター)

 4月4日には、志村さんが亡くなったことを受けて追悼番組として放送され、彼と名コンビを組んだチンパンジーの『パンくん』とのVTRなどが流された。このパンくんのコーナーは、『志村どうぶつ園』の目玉の1つだった。

「番組には、熊本県阿蘇市の動物園『阿蘇カドリー・ドミニオン』で飼育されるチンパンジーのパンくんとその娘プリンちゃんが出演していました。志村さんと一緒にお花で王冠を作ったり、人間とチンパンジーではありますが、その“親子”のような関係性が感動を呼び、人気コーナーになりました」(同・テレビ誌ライター)

 4月4日の放送では、パンくんと志村さんの別れのシーンが涙を誘い、関東地区の平均世帯視聴率は27.3%と、番組史上最高を記録。翌週の放送でも、ふたりがコントを行う場面などが流れ、15.3%の高視聴率を記録したのだが……。

画面越しに伝わるパンくんの“強いストレス”

「志村さんの追悼ということで、パンくんの昔の映像が流れるたびに胸が痛みます」

 そう話すのは、野生のチンパンジーやボノボの生態研究が専門である、京都大学霊長類研究所・国際共同先端研究センター助教の徳山奈帆子さんだ。番組内でのパンくんは主に2足歩行で歩いていたが……。

野生のチンパンジーは2足歩行をほとんどしません。大人のオスが、自分の力を誇示したいときに、身体を大きく見せようと2本足で立ったり、数メートル走ったり歩いたりすることがありますが、それくらいです。チンパンジーの自然な歩き方は、握りこぶしを地面につけて4本足で歩く“ナックルウォーク”という歩き方です。

 チンパンジーの本来の歩行は4足歩行であり、パンくんの2足歩行は訓練の結果です。2足歩行をしているときのパンくんは、そのように指示されているからと考えてよいかと思います。そのためショーを行っていない現在の彼は、チンパンジー本来の歩き方で歩いています」(徳山さん)

 番組や所属の動物園によると、パンくんは、母親に育児放棄をされ、人の手で育てられたという。

一連の企画のうち人気が高かった“おつかい”など、“親”であるはずのトレーナーと一緒に行うものではなく、パンくんが単独で行うものも多くみられました。これは野生ではありえないことです。野生のチンパンジーの子どもは常に母親と一緒で、子どもを不安な状態で放置することなどありえません。子どもは成長のなかで多くの新しいものに触れ、学習しますが、それは必ず母親など信頼できる関係の個体がそばにいる状態で行われます。“1人で何かをする”こと自体が、チンパンジーの子どもには強いストレスとなります」(徳山さん)

「パンくんは志村さんを慕っていただろうけど……」前提としてそう話しつつも、番組に疑問を投げかけるのは、ヒトとチンパンジーの比較研究を専門とする大阪成蹊大学教育学部准教授の松阪崇久さん。

 松阪さんは、以前より番組やショーにおけるパンくんの扱い方に警鐘を鳴らしており、'18年には『ショーやテレビに出演するチンパンジー・パンくんの笑いと負の感情表出』という論文を執筆。パンくんが出演している『志村どうぶつ園』や所属動物園のショーのDVDを検証し、

《映像作品はすべて、自然なチンパンジーの姿とは大きく異なる内容となっていた》

《TV映像とStage映像におけるパンくんは、チンパンジー本来の姿とのズレが大きく、遊びや笑いの表出が抑えられている一方で、恐怖や不安などのネガティブな表出が多い傾向があった》

 と述べている。どういったシーンでチンパンジー本来の姿との“ズレ”を感じたのか。

「パンくんが出演している8つのDVD作品を分析しました。そのうち2つは日本テレビの『天才!志村どうぶつ園』のおつかいコーナーの映像で、パンくんがブルドッグのジェームズと共にさまざまな“おつかい”を課されるというものです。

 これらの映像作品を見て、パンくんの表情や発声といった感情表現について分析したところ、テレビ番組のためのロケや動物ショーへの出演が、パンくんにストレスを与えていることがわかりました。チンパンジーは遊ぶときに笑顔になり笑い声もあげますが、テレビ用の映像や動物ショーの本番中にはパンくんは笑顔でいることが少なく、逆に恐怖や不安や不満をあらわす表情をしばしばしていました」(松阪さん)

『志村どうぶつ園』における、パンくんへの“おつかい”の過程では、危険を伴うような試練を課し、わざわざ不安やストレスを与えるようなシーンが見られたという。

「例を1つあげると、パンくんとジェームズが“おつかい”の途中で、川の橋のない部分を1メートルほど跳んで渡らなければいけないという場面です。パンくんはすぐに跳ぶことができず、上下の歯を合わせたまま前歯を露出させる表情を見せます。

 これは“グリマス”と呼ばれる表情で、パンくんが川の流れに恐怖を感じていたことを示しています。その後しばらくして、なんとか跳んで渡ることができましたが、相棒のジェームズは渡れず、水の流れを挟んで2頭がリードの引っ張り合いをするというシーンが続きます。このように、試練にさらされた動物たちがとまどったり、失敗したりする様子を見て楽しむというようなシーンが“おつかい”コーナーではいくつも見られました」(松阪さん)

 視聴者の多くは「がんばれ! がんばれ!」とテレビの前で応援していたかもしれないが、テレビの中のパンくんは恐怖に震えていた……。