視聴者を騙す捏造行為

「視聴者の中には、番組のストーリーを本当だと思って見ていた人もいたかもしれませんが、あの“おつかい”コーナーは作りものです。パンくんはそもそも、“おつかい”の目的を理解していません。首を縦に振ったり、横に振ったりするというパンくんの芸を使って、パンくんが“おつかい”についての説明を理解しているように見せていただけです。

 つまり、パンくん自身は“おつかい”のためにどう行動すべきかがわからないなかで、さまざまな行動をさせられていたということになります。そのため、撮影はスムーズに進まないことがしばしばあっただろうと推測されます。

 映像は、ストーリーがうまく流れるようにさまざまなシーンをつなぎあわせて作りあげられたものです。番組制作者が納得できるおもしろい映像を撮るために、何度もやらされるということも起こっていたでしょう。あるシーンでは、影の位置が大きく変わるほどの時間をかけてロケがおこなわれていたことも確認できました」(松阪さん)

『志村どうぶつ園』の番組中では、さまざまなテロップやナレーションが入り、パンくんの“感情”を表現している。

「番組中のテロップやナレーションは、パンくんの感情表現の意味を改変したり、表現されていない感情を演出したりする場面もありました。たとえば、犬のジェームズとの取っ組み合いの遊びで、パンくんは笑顔であるにもかかわらず、“ケンカが始まっちゃった!!”というテロップとナレーションや、“ヒー”という悲鳴の音声が加えられている例がありました。

 また、パンくんが“おつかい”を終えて、トレーナーの宮沢氏の元に帰りつくシーンでは、悲鳴やチンパンジーの泣き声である“フィンパー”の音声が追加されていました。よく見るとパンくん自身は無表情で、高ぶった音声を発している様子は見られませんでした。これは“不安で大変だったおつかい”を終え、やっと宮沢氏と再会できた時の感情の高まりを表すための演出でしょう。4月の追悼番組でも放送された志村さんとの“別れ”のシーンも同様でした」(松阪さん)

 テレビ業界において、“演出”という言葉の範囲は広く、また不明瞭だ。お笑い番組では笑い声を足すような“編集”は日常茶飯事といえるし、どこまでが“演出”でどこまでが“ヤラセ”なのかといった議論もある。しかし、それが人間同士であるならばまだしも、対動物となるならば、制作陣はより慎重に扱うべきではないだろうか。松阪さんが続ける。

娯楽のための演出はテレビではよくあることなのでしょうが、パンくんの感情とは違うテロップやナレーションを付けることは、視聴者を騙す捏造行為と言えると思います。 こういった演出によって、パンくんの本当の気持ちや、チンパンジーという動物に対する正しい理解が妨げられることも問題です。視聴者の中には、“捏造や嘘であっても、人を楽しませたり幸せにしたりするのだからいいじゃないか”と考える人もいるかもしれません。

 しかし、こういう映像で人は楽しむことができたとしても、チンパンジーは幸せになれません。むしろ、これはパンくんの犠牲の上に成り立っていた娯楽だといえるでしょう」