では、入学を半年遅らせることで生じる障害はあるのか。この点を考えるにあたっては、ノルウェーで行われた研究が参考になるという。

「研究結果では、就学開始年齢が高くなると、IQや学歴には影響はないものの、30歳ごろまでの賃金が低くなることが示されました。生涯の所得においては、およそ100万円を失います。そもそも9月入学は、臨時休校によって生じたさまざまな“損失”を取り戻す目的で行われるはずですから、生涯所得が低くなってしまっては、元も子もありません」

「9月入学」の論点を見失わないで

 ここで、そもそも逆に入学を前倒しにする9月入学にはどの程度メリットがあるのかを考えたい。最大の利益は「日本の教育の国際化」だろう。現在、高等教育機関に在籍している学生のうち、海外への留学者は0.8%、受け入れは3.5%にとどまっている。

「日本からの留学生が少ない理由について、過去の研究では、就職活動の早期化、言語力の低さ、教育機関同士での単位互換が行われないこと、などを指摘されています。入学時期が決定的な要因であるとの主張は多くありません。

 本当に国際化を実現したいのなら、実践的な英語教育、国際交流プログラムや単位互換の推進、留学のための奨学金の充実などにも同時に着手していくことが必要です。また、海外留学が将来の賃金を高めることを示す研究もありますが、海外で学位を取得した優れた人材が国外で就労し“頭脳流出”に繋がる、ということを明らかにした研究もあります」

 そのうえ、オーストラリアやニュージーランドは9月ではなく2月入学であり、時期を9月のみに縛ると今度はオセアニア諸国への留学や、受け入れが難しくなってしまう。

海外からの留学生を増やしたければ、入学時期と卒業時期を柔軟に設定するのがいいと思います。私の所属する慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパスでは、すでに9月入学や4学期制を実施しているので、現行の制度の下でも、大学の改革は十分に可能です」

 “前倒しパターン”の9月入学にもさまざまな課題があることがわかった。

「このように整理してみると、“新型コロナの被害を受けた世代への対策”と、以前から議論されている“教育の国際化”はまったく別の目的を持つ政策課題であり、同じ『9月入学』という手段で解決できないことは明らかです」

 誰のための9月入学なのか。今、早急に議論すべきなのは、きちんと裏付けられたデータをもとに、休校中に格差が広がった子どもたち、今もなお休校で思うように勉強ができない子どもたちをどのように支援するか、ということではないだろうか。

〈取材・文/お笑いジャーナリスト・たかまつなな〉
※この記事は、私たかまつなな個人の発信です。所属する組織・勤務先とは一切関係ありません。問い合わせは、下記アドレスまでお願いします(infotaka7@gmail.com)


【PROFILE】
中室牧子(なかむろ・まきこ)  ◎'75年奈良県生まれ。慶應義塾大学総合政策学部教授。'98年慶應義塾大学卒業。米ニューヨーク市のコロンビア大学で学ぶ(MPA, Ph.D.)。専門は、経済学の理論や手法を用いて教育を分析する「教育経済学」。著書「『学力』の経済学」(ディスカヴァー・トウェンティワン)は発行部数累計30万部のベストセラーに。

【INFORMATION】
 さらに踏み込んだ議論をするため、5月27日19時〜、YouTube『たかまつななチャンネル』で『生激論!9月入学の是非』を実施する。出演予定者は、慶應義塾大学総合政策学部の中室牧子教授、教育改革実践家の藤原和博さん。閉じられた議論ではなく、エビデンスに基づいてメリット、デメリットを考える開かれた場を作ることがねらい。参加費無料。詳しくは以下のリンクから→https://200527.peatix.com/view

 また、本件についてはYoutube『たかまつななチャンネル』内の動画「『9 月入学』子どもたちのためになるのか?」でも話しています。
リンクURL→https://youtu.be/Ns9RXUB44hU