「眠れるコンサート」で一躍有名に

 メジャーデビューへの諦めきれない思いを抱えたまま、堀澤の活動は少しずつ前に進み始めていた。

 '07年には、インディーズで2枚目のアルバム『素晴らしい世界』をリリース。翌年には、ギタリストの千代正行とユニットを結成し、2枚のアルバムを発表した。

 '11年には、堀澤の歌が睡眠を助ける効果があると言われ、「眠れるコンサート」を開催したことで、話題を集めるようになる。

 堀澤の歌を聴いた人は「睡眠障害だったのによく眠れるようになった」「歌声を聴いただけで涙が出る」と口にした。

 堀澤と親しい順天堂大学の小林弘幸教授は、特定の周波数を持つ音楽がもたらす効果をこう語る。

「528ヘルツの音楽が、自律神経に影響を与えることが実証されています。明らかにいい音楽は人にリラックス効果や心地よさなどを与えていますね。オキシトシンなどの物質が影響を与えていると考えられる。堀澤さんの歌が眠りや涙にどう影響しているか、実証こそ難しいのですが、そういう作用があることは十分考えられますね」

 小林教授自身も、堀澤のボイトレを体験し、その効果を実感したという。

 1度は諦めたアメリカでのレコーディング。だが、知名度が上がり、思わぬ形でチャンスが舞い込む。

 苦労の末に書き上げた『声が変われば人生が変わる』という本を'08年に出版、続く2冊目の本『1日で感動的に声がよくなる!歌もうまくなる!!』が8万部のベストセラーを記録。これが3度目の正直、その印税を「レコーディング資金」にあてようと、再び渡米の準備を始める。

 '11年の秋、堀澤はロサンゼルスにいた。

 現地に住む日本人に向けてライブやボイトレを無償で行い、本やCDを販売し、その売り上げを東日本大震災の被災地への寄付にするためだ。

 そして、もう1つの目的はシンディ・ローパーのプロデューサーとの再会。資金はアメリカの口座に送金してあった。もう絶対に失敗はできない。そこでハリウッドで活躍する唯一の日本人エージェントにプロデューサーとの面会に立ち会ってもらうことにした。

 しかし待ち望んだ再会で、プロデューサーが持ってきてくれた曲が堀澤には少し古く感じられた。

 そのとき、エージェントがハリウッドの音楽プロデューサーを束ねていることを思い出し、一か八か聞いてみた。

「あなたの知っているプロデューサーで私の歌に合う人がいたら教えてください」

 祈るような気持ちで、半ば強引に自分のCDを手渡したのだ。

「堀澤さんの声に興味を持っているプロデューサーが1人います」

 翌日紹介されたのは、セリーヌ・ディオン、ホイットニー・ヒューストン、カーペンターズ、ケニー・ロジャースなどのプロデュースを手がけ、グラミー賞に3度のノミネート、エミー賞を5回受賞していた高名プロデューサーのスティーブ・ドーフ。大物の登場に堀澤は面食らった。