主夫のモデルを提示していきたい

宮崎 私も、なんでここまで戦ってくれるんだろうと不思議でした。どうやら、スキャンダルが発覚したときの私の“初動”がよかったらしいんですよ。私は文春が記事を事務所に送ってくる前に不穏な空気を察知して、まず最初に妻に話をしてから、記事が出るまでの1週間で各方面に対応しました。沈まずに前向きに行動していたのが、彼女に響いたようです。

原田 もしかしたら、金子さんは宮崎さんの人間性や、エネルギーに惹かれているのかもしれないですね。

宮崎 どうなんでしょうね。妻がインタビューを受けると、決まって「謙介さんのどこがよかったんですか?」と、聞かれるんですよ。そのときどきでニュアンスは違うんですけど、彼女は「何があっても乗り越えていける生命力を感じる」と言ってました。

原田 生きる力は、授かりものでもありますからね。僕も宮崎さんから生命力を感じます。僕も、人より根性があると思っているので、これからは“失敗をした人間のモデル”として、みなさんに元気を届けたい。

 全力で仕事をして世間の人に笑ってもらって「原田龍二も元気にやれてるんだな」と思ってもらえれば、それでOK。たくさんの人に迷惑をかけてしまったけど、謝罪の気持ちを込めて、これからの仕事ぶりで返していきたいです。

宮崎 そうですね。私も今後は主夫であることを打ち出して、夫や父のモデルを提示していく予定です。主夫といっても専業主夫になるのではなくて、家庭中心の生活にシフトしています。

原田 素晴らしいですね!

宮崎 きっかけは息子です。4歳の息子が日々成長していく姿を見逃したくないので、家庭第一に切り替えました。保育園から幼稚園に切り替えて、私が送り迎えと、お弁当作りを担当しています。仕事は午前中に詰め込んだり、どうしても無理なときは妻と交代でお迎えしてます。

原田 4歳は本当に可愛いですよね! その愛は、きっとお子さんに伝わっていると思いますよ。

宮崎 そうなんです。毎日、可愛さが更新されてます! 伝わってるといいなあ。

【本日の、反省】宮崎さんから「不倫騒動後の初動のよさ」というお話がありましたが、彼はいま自分がどう発言すべきか、どう行動すべきかが見えている方ですよね。自分が歩むべき人生を選べる人なので、センスのよさを感じました。今は政治の世界から身を引いているけど、エリートコースしか知らない人よりも酸いも甘いも心得ている宮崎さんなら、もっとたくさんの人に寄り添えるはず。政治家としての宮崎さんをもう1度見てみたいですよね。

《取材・文/大貫未来(清談社)》


はらだ・りゅうじ…1970年、東京都生まれ。第3回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストで準グランプリを受賞後、トレンディードラマから時代劇などさまざまな作品に出演。芸能界きっての温泉通、座敷わらしなどのUMA探索好きとしても知られている。現在、期間限定でYouTubeチャンネル「原田龍二の湯〜チューブ!」を配信中!
みやざき・けんすけ…1981年1月、東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、日本生命保険相互会社、ITベンチャーを経て、’07年に東大・京大生に特化した就職支援事業の株式会社ネオトラディションを設立。’12年に31歳で衆議院議員に立候補、小選挙区で当選し、衆議院議員を2期務める。日本中を巻き込んだ騒動後、’16年に辞職し、8infinity株式会社を設立。現在はメディアでも活躍中。