最初はお金を約束どおりに払い、何かの事件などをきっかけに、理由をつけて支払いを止めるというのは、詐欺ではよくあることです。すべての金の動きは首謀者の腹積もりひとつなので、この密輸発覚は支払いを止めるタイミングを伺っていた男にとっては好都合だったかもしれません。

 実は8年ほど前にも、Iによる同様の被害を受けた人を取材していますが、そのときも何かしらのアクシデントに理由をつけて、突然バイヤーへの支払いがされなくなりました。そして、多くのバイヤーが自己破産に追い込まれまていったのです。

 その密輸行為が発覚したとき、Aさんはというと、Iからの誘いで店の電話番のバイトもしていたといいます。しかしこれが大変だったとか。お金が支払われなくなり、クレジット返済に困ったバイヤーたちから、次々とお店へ「どうなっているんだ!」という電話がかかってきたそう。彼女がそれをIに伝えても、一切の支払いを拒否。そしてついに、Aさん自身もIと連絡がとれなくなりました。

 もちろん約束した賃金も支払われず、約束していた1200万円への返済もありません。結局、1000万円ほどの借金が彼女のもとに残されたまま。当然ながら、新宿に店舗を出すなどという話もまったく嘘で、ここで初めて、彼女は詐欺に遭ったことに気づいたといいます。

 その後、Aさんは正直に詐欺に遭ったことを家族に打ち明けると、離婚した旦那や、子どもたちから、「そんなものに騙されて、バカじゃないか。ダメじゃないか」と一斉に非難を浴びました。

「みんなに責められて、私は家のなかで孤立しています」と彼女は寂しそうに語ります。

悪辣な詐欺師のささやきとは

 1000万円もの被害に遭ったAさんですが、取材していく中で、“お金を工面する方法がある”と、男に10台もの携帯電話をAさん名義で契約させられていたことも明らかになりました(本来、自分が使用する以外の目的で携帯電話を契約し、他人に譲渡することは違法行為)。

 男は“損はさせない”とAさんに金を支払うことを約束。彼女は言われるがままに契約してしまったそう。携帯を渡すと、男から代金の一部を受け取りましたが、今でも携帯の支払いは残っており、何通もの督促状が届いています。今月だけで、その金額はざっと30万円以上。この支払いが延々と続くのです。

 Aさんは現在、派遣の仕事を3日ほどする傍ら、ネットショップを立ち上げて、何とか借金を返す道を探っています。しかし1500万円の借金の支払いに、携帯電話代金数十万円、生活費、子どもの学費代などで、毎月100万円は必要とのこと。こうした状況に追い打ちをかけるように、同居する高齢の母の病気が発覚し、これから先、手術も控えているそうです。
 
 わらにもすがる思いで、働こうとした彼女の心につけこみ、さらに金をむしり取ろうとする。この男は数多くの被害者を出しながらも、いまだ刑事罰は下っていません。それどころか、この男は野放しになっており、次に新たな詐欺を画策しているのではないかという話も聞こえてきます。

 生活の苦しさの中で、お金を返さず逃げ回る首謀者に対して、「殺してやりたいほど、悔しいです」と、彼女は憤ります。

「新たな被害者を出さないためにも、刑罰を与えてほしいーー」

 被害者たちは今、切実な声をあげています。

多田文明<ただ・ふみあき>
1965年生まれ。詐欺・悪徳商法に詳しいジャーナリスト。ルポライターとしても活躍。キャッチセールスの勧誘先など、これまで100箇所以上を潜入取材。それらの実体験を綴った著書『ついていったらこうなった』はベストセラーとなり、のちにフジテレビで番組化。マインドコントロールなど詐欺の手法にも詳しい。そのほか『だまされた! 「だましのプロ」 の心理戦術を見抜く本』など多くの本を出版、テレビやラジオ、講演会などへの出演も。