その後、航空券が彼女のもとに届けられ、時計の買い付けが始まります。彼女は2泊3日で海外に渡り、指定された時計を指示された値段以下で探し出して購入。300万円のブランド時計をクレジットカード枠で200万円、足りない分をキャッシュで支払いました。そして帰国するとすぐに、空港で待っていた会社の関係者にその時計を渡しました。

 翌月には約束どおり6%のコミッションをつけた金額を受けとり、彼女はこれを2回ほど遂行。出資金の返済も滞りなく振り込まれ、Aさんはしっかりと稼げる仕事だと確信していたといいます。

 しかし、この海外での時計の買い付けにはもちろん“裏”が。男はバイヤーたちに「日本に持ち込む際には、自分の腕にはめて帰国するように」と指示していました。

 本来、海外の時計を購入して帰国する際には、税関にその旨を申告して、消費税分を納めなければなりません。それを回避するため、つまり“密輸行為”を指示していのたです。男らはバイヤーらを変えて、毎週のようにこの行為を行っていたので、相当な金額の脱税行為がなされたとみてよいでしょう。

首謀者の巧みな騙しのテクニック

 首謀者の男は、言葉巧みに共犯関係にさせて、相手の口を封じるという手法をとります。応募者らをバイヤーとして雇ったのちに、すぐに海外へ向かわせ、日本から出発する直前に、腕に時計をはめて帰国することを指示します。すでに航空券を送られており、よほど気骨のある人でなければ、断ることはできないでしょう。このように、なし崩し的な形で、相手に密輸行為をさせて共犯に仕立てあげるのです。

 例え途中でバイヤーらが違法行為に気づいたとしても、“逆らえば数百万円の時計の代金が払ってもえなくなる”という思いから、男の言いなりにならざるを得ず、結局、次の仕事をすることになります。一度仕事を始めたら、「支払い」を人質にされた形で、延々にやめられなくなる構図になっているのです。犯罪行為をしたかもしれないというやましい気持ちから、警察にも相談することもできません。

 Aさんはというと、2回の買い付けは順調に進みましたが、3回目で問題が起きます。男から指示された商品が指定された値段で買えなかったのです。

「それは大変なことだ! 旅費を無駄にしやがって」と、その状況を聞いた男は、電話口で烈火のごとく怒ります。結局、商品を買うことはできずに帰国した彼女。すると、出資の際に約束した40万円が支払われなくなりました。
 
 手口のひとつに“相手に非があると思わせて、泣き寝入りさせる”という方法があります。そもそも3回目に男がAさんに指示した購入金額は極めて無理なもの。あえて無理難題をやらせて、できなかった自分に非があると思わせ何も言えなくするのです。Aさんも男の思うツボで、自分が不手際を起こしたため仕方のないことだと感じていたといいます。

 そんな中、ついにその行為が明るみに出ます。とあるバイヤーが腕につけるはずの時計をカバンにしまってしまったために、空港で密輸行為がバレてしまったのです。もちろん時計は没収、2人のバイヤーが密輸容疑で捕まりました。そしてこの事件を契機に、男からバイヤーたちに支払いがされることは一切なくなりました。