売れない要素コンプリート

 その後、商業ベースの出版へと発展していくのは、現在の『こども六法』の企画・プロデュース・広報を担当した、小川凜一さん(26)との出会いが大きい。小川さんは、この本のデザインとイラストの原案を手がけた妻の砂田智香さんと広告団体Creative Capitalを運営している。

「小川くんとは、僕が東大の大学院に落ちて、これから浪人か、と思いつつ就職活動してるときに教育系の企業のインターンで出会ったんです」

 と山崎。そのときのことを小川さんがよく覚えていた。

「何となくお互い目立つな、と意識していて、打ち上げのときに居酒屋の正面に座ったんです。そのときに山崎くんがふところから出したのが、プロトタイプのこども六法で。僕自身が、中学時代にひどい暴力のいじめを受けていたので、“これすごい本だよ!”って、めちゃめちゃ感動したのを覚えています」

2016年、慶応大学3年時にこども六法プロジェクト、いじめと法教育に関連する内容の研究発表を行う
2016年、慶応大学3年時にこども六法プロジェクト、いじめと法教育に関連する内容の研究発表を行う
すべての写真を見る

 それから、山崎は一橋大学の大学院の社会学研究科に進学。小川さんは広告会社へと道が分かれるが、約2年ぶりに連絡したのは小川さんのほうだった。

「僕は普段は企業の案件の仕事をしているんですが、もっと社会の役に立つ仕事がしたいな、と思ってるときに、ふと彼のこども六法を思い出したんです。たぶんもう出版してるだろうと思いきや、なかなか出版に結びつかないと聞いて、それはもったいないな、なんとしても世に出そうよって話をしたんです」

 それについて山崎も、こう振り返る。

「いろんな出版社に持っていって、おもしろいと言っていただいたけど、出版しようとはならなかったですね。まず、“六法”とつくうえで“法律を訳すなんて”と、専門家から石がいっぱい飛んでくる。教育関係者からも、“子どもに法律なんて知恵をつけると御しにくくなる”と石が飛んでくる。そんな危険をおかしてまで、この出版不況の時代に法律の本、しかも、20代半ばの無名の著者の本なんて、売れない要素コンプリートじゃないですか(笑)」

 唯一、法律の専門書を発行する弘文堂との話が進みかけていたが、頓挫していた。

「だったら、自分たちで1から作るしかないよね」と、ふたりでクラウドファンディングを立ち上げたのが、'18年9月。24歳のときだった。

 小川さんが実際に受けた、いじめの体験をプレゼンテーション動画にしたというそれは、あまりに切なく衝撃的だった。靴を隠された学生。トイレに捨てられた上履きを茫然と見つめる小学生の表情。こども六法を抱えた子どもの姿に、「いじめという犯罪をなくそう」というコピーが重なる。

 クラウドファンディングを呼びかけるメッセージには、「拡散 一生のお願い」という言葉が添えられ、集まったお金で定価を1200円に抑えたいという具体的な数字まで書かれてあった。

 その動画が大きな反響を呼び、334名から179万6000円ものお金が集まった。

「この本は、これほど社会で求められているのかと、頓挫していた弘文堂さんでの出版が動きだすきっかけになりました」と、小川さん。