動き出したプロジェクト

 しかし、そこからも苦難は続く。『こども六法』には、各章の法律ごとに大学の教授や検事、弁護士と錚々たる専門家が監修についている。

「ところが最初は、なかなか引き受けてくださる方がいなくて。私には手に負えないと断られちゃうんです。監修がついてからも、内容の修正で、この言い回しにすると結局、六法に戻ってしまう。でも、ここまで要約すると意味が変わっちゃうんだよな、と」

 その微妙なバランスをとりながら、正しく法律を訳すということの難しさを改めて感じた、と山崎は言う。

 しかし、法律に強い弘文堂ならではの人脈や周囲のサポートに助けられ、どうにか完成した。専門家による確かな監修や子どもたちへの事前リサーチをした説得力で、出版後には、心配していたほどの批判はなかった。

 中でも、「この本の根幹をなす部分」であり、山崎がもっと広く知ってほしいという、第7章のいじめ防止対策推進法と、最後の「いじめに悩んでいるきみへ」という項目は、弘文堂のホームページに無料で公開している。

「そこはやっぱりお金じゃないよねって」

大学時代に作った『こども六法』。基本的な構成は、このころに固まっていた 撮影/齋藤周造
大学時代に作った『こども六法』。基本的な構成は、このころに固まっていた 撮影/齋藤周造
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 その第7章いじめ防止対策推進法のページは、実際にこの法律を創案した、参議院議員の小西洋之さん(48)が監修にあたっている。

「山崎さんとの出会いは、'19年3月に、ジェントルハートプロジェクトの小森美登里さんからメールでご紹介を受けたのが最初です」

 と、小西先生。小森さんは、いじめによる自死で娘を失ったことを悔いて、その後、いじめのない社会を実現するために非営利法人を立ち上げ、活動を続けている。

「山崎さんはすぐに議員会館に来てくださって。こんなに若い方が熱意を持って、素晴らしいアイデアで本を作ろうとしていることに感銘を受けました。

 一方で、法律に関わった国会議員として、その法律の中身が学校現場に伝わっていないことが本当に残念で申し訳ないな、と。そうした中で、まさに子どもたちに届ける本にしよう、というのは、とてもありがたく期待したのを覚えています」

 監修するうえで小西先生が大事にしたことは、「40近くある条文の中から、子どもを守るためにいちばん大切な考え方をもれなく整理して体系的に入れること」だと言う。

「第7章の冒頭に“すべての子どもはかけがえのない大切な存在です”と書いています。いじめられている子どもは何も悪くないし、かけがえのない存在である子どもを痛めつけるのがいじめであり、子どもを守るものが法律である、と。まず根っこの部分の考え方から書き起こしているのが、第1条です」

 できるだけ平易な言葉で、誰にでもわかりやすいように書かれたその文言こそ、虐待され、いじめられている子どもたちが求めている言葉ではないか。小西先生は、山崎と一緒に工夫を重ね、何度も練り上げたと振り返る。

 そのまっすぐな言葉は、大人たちの心をも衝く。