意外と思われるかもしれないのだが、最近の歌い手で最もフォークソングを感じさせてくれるのが、あいみょんだ。物語の作り方が抜群にうまい、そして、それを表現できるだけの歌唱力をもっている。うそだろうけれど本当のことを教えてくれるような、そんな虚実皮膜ぶりがなんとも心地よいのだ。

 他人事を歌うだけではつまらない。絵日記のようなレトリックのない歌詞はもううんざりだ。そんな歌が蔓延している今だからこそ、あいみょんの言葉は突き刺さってくる。ひょっとしたら彼女は、史上最後のフォークシンガーになるのかもしれない。

 フォークソングは、これからどこへ進んでいくのだろうか。フォークは決して過去に置き去りにされた音楽ではない。これからも、脈々と続いていくはずだ。その兆しが、今も見えているように思えるのだ。

いつの時代にもいる若者

 昔の若者は、どこへ行くのにもギターを抱えていった。海にも山にも旅行にもコンサートにも。海に楽器を持っていって潮風に当てて大丈夫なのかと思うかもしれないが、その無鉄砲さも若さであったのだ。

 1970年に中津川で行われた全日本フォークジャンボリーの映像を見ていても、ギターケースを持っている観客がなんと多いことか。会場へ向かう電車の中でも、ギターを取り出して歌い始めている。

『フォークソングが教えてくれた』(マイナビ新書)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします。紙版はこちら、電子版はこちら
すべての写真を見る

 みんなが参加できる音楽というのは、フォークソングの魅力の1つなのだろう。楽器が弾けないなら手拍子でもいい、コーラスでもいい。気軽に輪になり歌が始まる。80年代の半ば頃に、かつてのアメリカンフォークの聖地だったワシントン・スクエア公園を訪れたのだが、この時代になってもギターを片手に歌っているグループが沢山いて驚かされた。フォークソングは永遠不滅の若者の音楽なのだ。

 その若者たちも年齢を重ね、オヤジ世代に突入している。そんな団塊世代を応援するフォーク酒場が、全国に数多く誕生している。青春期のフォークソングは共通言語であり、新しい会話を生み出すきっかけとなっているのだろう。と同時に、アコースティックギターを片手に路上でのライヴを繰り広げている若者もいまだ絶えない。これはとても興味深い現象だと思う。

 それぞれの世代に、それぞれのフォークソングがあると言っていいだろう。世代を超え、時代を超えて、未だに歌い継がれている。

 フォークソングはまだまだきっと、いろいろなことを教えてくれるはずだ。


小川 真一(おがわ しんいち)音楽評論家 ミュージック・マガジン誌、レコード・コレクターズ誌、ギター・マガジン誌、ロック画報などに寄稿。共著に『日本のフォーク完全読本』(シンコーミュージック・エンタテイメント)『ジェネレーションF 熱狂の70年代×フォーク』(桜桃書房)ほか多数。