向井の姿は現代社会とも共振する

「6.5世代」と呼ばれる芸人たち。パンサーのほかには、ジャングルポケットや三四郎などの名前が挙げられることが多い。

 しかし、世代の区切りはあいまいだ。芸歴では重なるハライチが6.5世代に括られてテレビに出ることはほぼない。かまいたちも上京後の“くすぶり”が指摘されていたころは6.5世代の括りに入れられていたが、冠番組を任されるほど人気になった現在では、あまりそういう見方をされていないように思う。

 おそらく「6.5世代」という記号は、芸歴やブレイク時期というよりも、芸人たちが置かれた状況を表しているのだろう。あえて言えば、若手に追い上げられ新たなポジションの模索に悩む“かつての若手たち”に与えられた呼び名。それが6.5世代ではないか。そうだとすれば、パンサーの向井は6.5世代を象徴する存在と言っていいかもしれない。

 そして、そんな向井の姿は社会とも共振しているように見える。現在は、“生きづらさ”の時代とも言われる。少なくない人たちから、はっきりとした像を結ばない“生きづらさ”が次々と語られている。生存はできる。けれど実存は満たされない。機会はある。けれど競争の中ですり減っていく。そんな状態に属性を問わず投げ込まれ、曖昧な“生きづらさ”の当事者になっていく時代との共振――。

 しかし、そんな向井が新たな一面を見せているのが『有吉の壁』(日本テレビ系)だ。若手から中堅にかけての芸人たちのネタを有吉弘行がジャッジする同番組には、パンサーもたびたび出演。向井は濁った池に飛び込むなど、それまでのイメージを拭い去るような姿を見せている。

 有吉は番組の特番時代から、向井に繰り返し「面白くない」と言ってきた。その言葉は辛辣だ。しかし、彼を“アイドル”でも“タレント”でもなく、面白いか面白くないかで判断される“芸人”として扱う言葉でもある。向井は言う。

「芸人人生が大きく変わりました、この番組で」(『有吉の壁』日本テレビ系、2020年4月22日)

 芸人たちの中で“芸人”としての解放を味わう向井。彼の姿に“生きづらさ”の先を見てしまいたくなる。救済のヒントを探りたくなる。が、それは芸人に対して最終的に向けられるべき視線ではないだろう。パンサーの向井は面白い。今はただ、そのことを確認しておきたい。

文・飲用てれび(@inyou_te