現場周辺は腰までつかる沼地の上で

 前出の高橋特任教授はこう付け加える。

「ただし、水道管などは地表から約1・5メートル以内に敷設するケースが多い。2メートル以上の深さだと、掘った土を地上にすくい上げるのが大変で時間も費用もかかりますから。調布のケースでは地中空洞については2つとも地表から4〜5メートルの深さにありましたから、別の要因が考えられます」

 高橋特任教授が調べたところによると、陥没現場周辺は1950年代、谷底にあたる湿地帯を含んでいた。

「その時代に撮影された航空写真からもわかるように、谷の周囲には畑が広がり、谷の窪みは沼地でした。これは約2万年前に形成された谷です。沼地は腰まで浸かる深さだったため、農耕作業をするにも馬や牛は使えません。

 時代は高度経済成長期を迎え、1960年代末から1970年代半ばにかけて盛り土などをして宅地開発されます。経済成長を支える働き手のマイホームが増えていきました。

 コンクリートの下に隠された谷底付近は地表から5〜15メートル程度の深さと考えられ、地中空洞の深さと合致します。地中の水分が枯れれば、腐った植物などでできたスポンジのような泥炭は圧縮されて小さくなりますし、地下水の水位も季節によって上下動する。

 ちなみにいまは1年で最も雨の少ない時期なので空洞ができやすいんです。地中の水分が抜けてできた隙間が広がり、空洞が形成されることは十分考えられます」

1956年の航空写真を見ると、現場周辺は谷の中の湿田だったことがわかるという(高橋特任教授提供)
【写真】陥没現場はここだ!地図と空撮で見る2つの地中空洞
陥没と地中空洞があった現場(赤い枠内)は、谷に向かってへこんでいる地点を宅地造成しているという(高橋特任教授提供)

 調布のケースがそうだと決めつけているわけではない。現時点ではあくまでも可能性のひとつ。あるいは工事による振動がこうした地中空洞になんらかの影響を与えたパターンも考えられるだろう。

 高橋特任教授が続ける。

「こうした宅地開発例は調布に限らず、都内各地や神奈川、千葉、埼玉など関東平野ではよく見られます。地形だけにとどまらず、富士山や箱根から飛んできた火山灰が積もってできた関東ローム層は固まりにくい性質のため余計にタチが悪い。もちろん、関東だけでなく全国的に地中空洞はあります」

 NEXCO東日本は工事をストップ。陥没現場周辺の地面に穴を開けてボーリング調査をしたり、そこから横方向に音波を発信して地中の伝わり方で地質や土の密度を調べる「音響トモグラフィ調査」を加えたり、「自走式電磁波地中レーダー探査車」を走らせ地表から2メートル以内の異変をキャッチしようと試みているという。

「ボーリング調査は深いところでは46メートルとトンネル近くまで掘り下げています。10か所のうち9か所は市道で、掘削の許諾を得やすいポイントではあります」

 と同社の広報担当者。