小日向文世の出世作に

 演劇関係者はこう話す。

小日向文世
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「小日向さんは『オンシアター自由劇場』に所属する劇団員でした。ですが、42歳のときに、約20年間活動してきた劇団が解散。仕事がゼロになったそうです」

 さらに、そのころは子どもが生まれたばかりだった。

 小日向は、とあるインタビューでこう話している。

お金が必要になると「給料の前借りお願いします」と事務所に電話しました。社長が理解ある方だったので、仕事が入るとそこから返却していった感じで

 理解ある劇団員上がりの妻にも支えられながら、47歳のとき『HERO』の出演が決まる。

「小日向さんは、看板俳優として劇団を引っ張ってきた人ですから、演技の実力は申し分なかった。末次事務次官のトボけたキャラも彼にハマっていました」(同・演劇関係者)

 役者としてベテランだった彼も、主演の木村に初めて会ったときは驚いたという。

「小日向さんは、トーク番組で“木村くんは近寄りがたかった。オーラがハンパない”と言っていました。どうしてもサインが欲しかったけど、“現場で欲しいとは言えない”とガマンしていたみたいです」(前出・テレビ誌ライター、以下同)

 だが、ドラマ最終話の現場で、共演の阿部寛らが“姪っ子のため”などの理由で木村にサインをもらっていた。

小日向さんももらいに行ったんです。木村さんにあて名を聞かれて、恥ずかしさからついお兄さんの名前を伝えてしまったとか

 名バイプレーヤーは、役柄どおりのチャーミングな愛されキャラだった。