2021年2月13日に福島県沖でマグニチュード7.3の地震が起きてから、10日以上が経過した。福島県内では、太平洋沿岸の相馬市などで震度6強を観測。筆者が住む福島市は震度6弱だった。幸いにも津波の被害はなかったが、福島市内では25日、この地震による死者がひとり発見された。亡くなった方に哀悼の意を表するとともに、県内に住む人びとの「不安感」が心配だ。東日本大震災当時、福島県内に住んでいた人は生活を一変させられた。筆者が取材する限り、13日の地震で当時の記憶が強くよみがえり、再度の大地震や放射性物質への不安に押しつぶされそうになっている人もいる。今後さらに被害が拡大しなかったとしても、「2・13地震」の心理的影響を軽視してはならない。

不安感がずっとおさまらず、寝られない

 13日の午後11時すぎ、私は家族とともに寝室にいた。地鳴りのような音で目を覚ますと、7階建ての集合住宅が横方向に大きく揺れ、立っていられなかった。子どもたちに頭から布団をかぶせ、揺れがおさまるまで「だいじょうぶ。だいじょうぶ」と声をかけた。私自身の感覚では、揺れは数十秒間続いた。本棚からは大量の本が落ち、台所の調味料や料理道具が床に散乱していた。家の周りではサイレンが鳴りはじめた。いつでも避難できるよう普段着に着替え、家族の靴や避難用具を枕元に置いた。

 この地震以来、不安感がおさまることはなかった。余震ももちろん気がかりだが、いちばん心配なのは「福島第一原発」である。廃炉作業中のイチエフは大丈夫なのか。燃料デブリや大量の汚染水は適切に管理できているのか。そのことが不安でならず、「異常がないことを確認した」という東京電力の発表を全面的に信じることはできなかった。東電が意図的に異常を隠そうとはしていないと思いたいが、いったん暴走を始めた原発が手に負えず、異常の把握さえままならないことは、10年前に実証ずみだからだ。

2月13日の地震を受け、筆者宅の本棚からは本がなだれおちた 撮影/ウネリウネラ

 3・11当時は関東に住んでいた私ですら不安に感じるのだから、当時から福島県内に住み、今回の2・13地震でも被災した人びとの心理状態は、いかばかりだろうか。

 不安を感じていない人もいるかもしれないが、福島市内に住む40代女性のAさんは「13日の地震からずっと、きちんと眠れない状態が続いています」と話してくれた。

 13日夜、築40年超の木造2階建て住宅に住むAさんは、1階の居間で揺れを感じた。大きな揺れとともに、壁や天井がギシギシときしんだ。

「怖くて、怖くて。ワーッと叫びました。頭だけでも守らなくちゃと思って、コタツの中に潜り込もうとしたのですが、10年前の地震のことを思い出して身体がしびれ、動けなくなってしまいました」

 揺れがおさまってから家の中を見回ると、風呂場のタイルが割れ、2階の寝室の衣装ダンスが横に倒れていた。眠っていたら足や腰をケガしていたと思うと、ぞっとした。

 翌日から、Aさんは夜になると動悸(どうき)が激しくなり、十分に眠れない日が続いている。余震が起きるたび「いったい大丈夫なの?」と心配でならないという。 

「10年前の地震でいたんでいるところもあるでしょうし、次に地震がきたらこの家がつぶれてしまうかもしれません。そうしたら、身体の弱い私は逃げられないと思います。せめて一緒に住む母と息子だけでも助かってほしいのですが……」