また、日本テレビ系では'83年まで『お昼のワイドショー』が放送されており、ノックはこの初代司会者のひとりでもある。曜日ごとに日テレと読売テレビが交互に制作を担当。日テレの日は青島幸男が司会を務めた。のちの東京都と大阪府の知事が日替わりで登場していたわけだ。

 その日テレ系では、ワイドショーの王者というべき番組も誕生。'79年から22年間、午前中に放送された『ルックルックこんにちは』だ。そのうち19年間がタレント司会者で、初代が沢田亜矢子、2代目が岸部四郎である。

自己破産した際『ルックルックこんにちは』のギャラが月200万円だったと明かした岸部四郎
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 この番組は人気コーナーもめじろ押しだった。若き日の小池百合子がアシスタントを務めた『竹村健一の世相講談』。前出の桂小金治が今度は“泣きの小金治”として活躍した『涙のご対面』、さらには『テレビ三面記事』『ドキュメント女ののど自慢』『突撃!隣の晩ごはん』などが安定した数字を稼いだ。

 一方通行になりがちなワイドショーに、視聴者参加型の企画をうまく盛り込んだりしたことが長寿の秘訣だったのだろう。

 ただ、タレント司会者起用の落とし穴も垣間見せた。'98年、岸部が借金苦で自己破産したことが大々的に報じられ、降板するハメに。

 これと似たケースが'97年に始まった『スーパーJチャンネル』(テレビ朝日系)で、当初は月~木曜が石田純一、金曜が田代まさしという攻めたキャスティングだった。番組卒業から2年後に逮捕された田代はともかく、石田は出演期間中にまたまた不倫報道が出て、バッシングから降板することとなる。

 また、陣内智則も自身の私生活に翻弄されたひとり。2004年に関西ローカルでスタートした『なるトモ!』(読売テレビ)が一時は日本テレビなどでも放送される全国区的番組となり、藤原紀香との結婚もあって安定した人気を維持していたが─。東京大阪の往復生活に疲れ果て、'09年に降板した。

自分のステップアップのために卒業させていただく

 と語り、拠点も東京に移したが、そのことが関西のファンには不評。しかも、半年後の離婚で、全国的にも株を下げてしまった。タレント司会者はイメージが派手なぶん、私生活による浮き沈みも激しいといえる。