タレント司会者の歴史

 ワイドショーにおけるタレント司会者の草分け、それは『アフタヌーンショー』(テレビ朝日系)の桂小金治だ。1966年から7年間、その熱い司会ぶりで“怒りの小金治”と呼ばれた。

 その流れに乗って、大物女優も参入する。'68年スタートの『3時のあなた』(フジテレビ系)が高峰三枝子森光子富司純子らを起用。その人脈で、美空ひばりをはじめ、豪華ゲストも登場し、平日の昼下がりとは思えないぜいたくな雰囲気が主婦層に支持された。

ワイドショー“黎明期”'60年代後半を盛り上げた森光子
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 これに対抗して、'73年に始まったのが『3時にあいましょう』(TBS系)。こちらは船越英二野際陽子を司会に据え、2人が去ったあとには『辛口ピーコのファッションチェック』というヒット企画も生まれた。また、終盤にはテコ入れ策として、グラドル出身の蓮舫を抜擢。就任早々の'92年4月には尾崎豊の急死というニュースが飛び込み、彼女は嗚咽しながら、

「若い子の認知度はすごいあった人で、私、個人的に知ってたんですけども、ごめんなさい、びっくりして……」

 と、動揺を隠せず。実は彼女、青山学院高等部で尾崎の2学年下の後輩にあたる。ただ「私がワイドショーを変えます」とまで豪語したわりに、半年後には番組そのものが終了。司会者・蓮舫は民主党政権よりも短命だった。

 現在では大下容子アナの印象が強い『ワイド!スクランブル』(テレビ朝日系)も、'96年のスタート時はタレント司会者を起用。水前寺清子が2年半、大和田獏が11年務めた。大和田は同時期に妻の岡江久美子が『はなまるマーケット』(TBS系)の司会をしており、局と時間帯をずらしての共働きが注目された。

ワイドショーが元気だった'90年代後半に司会者として登場した水前寺清子

 一方、見逃せないのが関西系タレントの活躍だ。'79年スタートの『2時のワイドショー』(日本テレビ系)は読売テレビの制作。当初は上岡龍太郎横山ノック上沼恵美子浜村淳という関西オールスターが番組を進行した。嫁姑バトルをネタにした『夫婦110番』が関西系ならではのえげつなさで話題に。