──各回出演する虎は5人ずつ。総勢約50名の中には、1回限りの出演者も多かった。テレビに出れば事業にプラスになると精力的にスクリーンタイムを稼ごうとする人と、そうでもない人がいた。

安田 虎の椅子は5つしかないから、次も呼ばれるかはわからない。みんなライバルでしたよ。虎同士でぶつかって、テロップで「加藤和也vs安田久」とか、名前が出たら勝ちなわけ。とにかく、車の中でも風呂に入ってもいつでも、どうしたらテレビにもっと映るかを考えてましたよ。

安田久さん、飲食の虎。「外食虎塾」経営。飲食コンサルとして全国を講演活動で飛び回る。
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川原 安田さんすごいね、そういうこと考えてたんだね。

安田 川原さんはなんも考えてなかったよね(笑)。

南原 僕はそういうの全然意識してなかったね。呼ばれてもギャラもないし。2人が経営していた店なんかは、2人がテレビに出ると客が来て売り上げが上がるじゃない。僕はその当時は高級車を売ってたんだけど、テレビを見て僕にサインをもらいに来るような人が、その場で1000万、2000万の高級車なんて買うわけない。出てもなんの得もなかったね。

川原 そうそう。ノーギャラなんだよ。あと、僕たちは都内だからいいけど、地方の人は交通費も宿泊費も自腹だったから大変だよね。堀之内九一郎さんなんて、毎回帝国ホテルに泊まってたもんね。

出資した経営者たちは……

──虎たちが出資した経営者たちは、現在どうしているのだろうか? 思い出深い出資に関するエピソードとは──。

安田 俺は出資は何件かしたけど、成立したのは2件。タイラーメンとハワイアンロコロールの店ですね。でも、タイラーメンのときは悔しかったなあ。5人虎がいてね、貞廣一鑑さんが麺にこだわって抜けちゃったわけ。で、俺が出資したんだけど、オープン日には出資した虎が行くんですよ。そしたらカネを出してない貞廣さんが演出で呼ばれてて、俺より目立ってた。ひどいよね。

川原 安田さんはそういうの本当に意識していたんだねえ。僕はね、5つくらい出資してるんですよ。モンゴルのタクシーとかね。その人は今は神戸市の市議会議員になってる。ベトナムでアイドル歌手してた子も宮城県の県議会議員になってるし、けっこう自分の力で成功した人も多いよ。

川原ひろしさん、番組最初期からのムードメーカーの虎。なんでんかんでんホールディングス代表取締役社長。

安田 吉田栄作さんにも、ある程度の決定権があるというか、登場者に出資させたい場合、虎をあおるんだよね。

南原 僕は移動クレープ店に出資して、けっこううまくいってた。フランスでトラックを買いつけて本人にプレゼントしてね、番組でもそれが大々的に取り上げられたから、爆発的に人気が出たんだよね。でもその人はなんだか天狗になっちゃって、脱税とかで捕まって、うつになっちゃって。今はうつから回復して、また新しい商売をしてるらしいんだけど。

川原 トランスミュージックのレコード会社をやりたいっていう人がいてね。希望額が800万円くらいで、番組は希望額に達しないと“ノーマネーでフィニッシュです”って流れるから、最後から2番目の僕が300万円出したの。どうせ流れるけど一応出したっていうのがカッコいいと思って(笑)。そしたら最後の岩井良明さんが「えー! 川原さん出すの」って迷い出して、出すな出すな出すな! って念じてたら結局出資して、マネー成立(笑)。ほんとにお金を出さなきゃいけなくなっちゃった。そういう駆け引きみたいなのはよくあったよ。ところがこのCDが大ヒットして3か月でお金が戻ってきたんだよね。

南原 当時のテレビの力ってすごくて。あのとき、川原さんを言いくるめて「なんでんかんでん」のフランチャイズの権利を取り上げて、ラーメン屋を展開してたら、いま世界に4000店舗はあったなと思うんだよね。

川原 それ、よく言ってるけど、結局やってないじゃない(笑)。