掲示板は“家族”同然の人間関係

 ネットが居場所になるのは、リアルな世界で居場所を得られないことが一因だ。秋葉原事件の加藤の場合、自殺願望も抱えていた。《生きていても仕方がない。死んでしまいたい》というメールを友人に送っている。だが結局、自殺をやめ、ネット上に居場所を求め続ける。自殺を考えるほどの生きづらさを抱く若者たちにとって、匿名の相手に気を許せる雰囲気のあるネット世界は、居心地がいい。

 しかし、加藤の書き込みは掲示板で「荒らし」扱いされてしまう。そこで別の掲示板に居場所を移す。

《私にとっては家族のような。家族同然の人間関係でした》(『解』)と振り返るほど、掲示板の存在は大きかった。

掲示板に残されていた加藤の書き込み。ここに居場所を見いだし「家族同然」の存在だった
掲示板に残されていた加藤の書き込み。ここに居場所を見いだし「家族同然」の存在だった
【写真】「やってらんね」掲示板に残されていた加藤死刑囚の書き込み

 そんな中、加藤が依存していた掲示板の中で「なりすまし」が現れた。

《人間関係を乗っ取られたという状態になりました。帰宅すると、自分そっくりな人がいて、自分として生活している。家族からは私がニセモノ扱いされてしまう状態です》(『解』)

 そうした状況の中、加藤は“自分はここにいる”と言いたくなってきた。裁判の被告人質問で、当時の心境を次のように語っている。

「自分が事件を起こしたことを(掲示板のユーザーへ)示すために大事件を起こす必要があると思いました」

 加藤はこうも考えた。

《事件を起こさなければ、掲示板を取り返すこともできない。愛する家族もいない。仕事もない。友人関係もない》(『解』)

 秋葉原事件に関心を寄せ、裁判の傍聴を繰り返した人もいる。マサヨさん(仮名=40代)だ。当時、失恋で自殺未遂をしたこともあって、自分より弱い者を殺したいと思うほど屈折した心理状態に陥っていた。両親は厳しく、友達付き合いもうまくいかない。だが、ネット上では自分の気持ちを吐露できた。

「当時、ミクシィやモバゲーにハマっていました。そこで自殺未遂のことやメンタルヘルスについて日記に書いていたんです。そんな私にとってSNSは居場所でした」

 日本で最初にSNSが登場したのは'04年だ。マサヨさんも加藤も、匿名性の高いネットに自分の居場所を見いだした。しかし、加藤が殺傷した相手は、掲示板でのトラブルとは何ら関係のない人たちだ。犯行は理不尽極まりない。