母が店長と直接対決

 それから2週間。胎児を失った喪失感や罪悪感のせいでしょうか。娘さんは術後の経過は芳しくなく、夜も眠れない、食事も喉を通らず、不眠症、摂食障害などの症状は日増しに悪化するばかりだったからです。

「今はそっとしておいてあげるのが一番と、はじめは静観するつもりでした」と香澄さんは口にしますが、同じ女性目線に立てばこそです。これ以上、娘さんの目の前に店長が現れたら、また傷口が広がってしまう……店長にしかるべき責任をとってほしいのはやまやまですが、最初のうちは消極的でした。

 娘さんは望まざる形で妊娠したけれど、「産もう」と気持ちを切り替えたのに、店長の猛反対にあう。今度は「堕ろそう」と気持ちを切り替えたのに、さらに店長に裏切られるという負の連鎖。香澄さんは娘さんの気持ちを考えると、どうしても怒りをおさえることができなかったそう。「このまま泣き寝入りするわけにいきません!」と思い立ち、筆者の事務所を訪ねたのです。そしてバイト仲間を通じて店長の様子を探ってもらい、店長に退職金が入ったタイミングで、筆者がGOサインを出しました。

 香澄さんが店長のアパートを訪ねると、引越業者が家財道具を搬出している最中。立ち合いをしている店長を「香蓮の母です!」と引き止め、「どういうことなんですか? まさか逃げるつもりなんじゃ!?」と問い詰めると、店長は「娘さんには迷惑をおかけして……」と低姿勢で詫びてきたものの、いざ責任の話になると一変。「僕がクビになったのはご存じですよね? 家賃も払えないので実家に戻るんです!」の一点張り。香澄さんは苛立ちのせいで手が小刻みに震えるのをおさえるのに必死だったそうです。

「あなたはいい大人でしょ? 避妊しなきゃ、妊娠させる可能性があることくらい自覚していたはず! 二股状態でうちの娘に手を出したのだから、『どうせ堕ろせばいい』と軽く考えていたんでしょ!?」と香澄さんは怒りを込めて、まくし立てたのですが、店長も反撃。「本当に僕の子どもだったんですか? ちゃんとDNA鑑定をしたんですか?」と前置きした上で「娘さんだって同じでしょ!? 他の男とヤッてないって断言できるんですか!」と。

 あまりにもひどい仕打ちに香澄さんも怒り心頭だったようですが、こちらにも手があります。なぜなら、娘さんと店長が話し合い、「堕ろす」という結論に至ったとき、店長本人が「人工妊娠中絶に対する同意書」に署名したのだから。胎児は娘さんの子ですが、同時に店長の子でもあるのだから、胎児を堕ろすには双方の同意が必要です(母体保護法第14条1項1号)。

 筆者は同意書を病院に提出する前にコピーを取っておくこと、そして万が一の場合は同意書のコピーを店長に提示することを前もって助言しました。「動かぬ証拠」を前に店長は黙るしかなかったのですが、今度は別の視点で揚げ足をとろうとしてきたようで……。