加害者には武勇伝、被害者には進行形の恥

 和威さんが被害に遭っていたのと同じ時期に、同じ学校に通っていた、当時中学2年生の女子生徒Aさん(20代)も別の加害者からいじめを受けていた。

「夏ごろからクラスメイトの男子から執拗な嫌がらせが始まったんです。最初は頭を叩かれていたのが、徐々にエスカレートして、私の筆箱に入っていたカッターナイフを勝手に取り出し、それを私に向けて追いかけ回したりしました」

 Aさんは担任にいじめ行為を訴えた。しかし、十分な対応をされたと感じていない。

「担任には“加害者の親を呼んで話しました。謝っていたよ”と言われました。しかし、私からすれば、本当に親を呼び出したのか、謝ったとしても、謝る相手は私では? と思い、今でもその話は信用していません。加害生徒に謝るように促していましたが、謝罪されたことはありません」

 和威さんの場合も、学校の対応が十分だったとはいいがたい。いじめがようやく明るみになったのは、被害を受け始めてから半年後のことだ。学校は聞き取り調査を始め、'13年3月、鳥栖市教育委員会は保護者説明会と記者会見で、いじめを認めて「犯罪に等しい」と話していた。

 しかし、裁判になると、市側はいじめを否定する主張をしてきた。前述のとおり、一審、二審とも市の責任は認められなかったため、和威さんは最高裁への上告を検討している。

 前出・斎藤氏は、いじめトラウマからの回復に必要なこととして、加害者の謝罪と処罰、そして被害者の納得を挙げる。

「謝罪といっても、いじめた側といじめられた側がお互いに謝ったり、握手をする“喧嘩両成敗”ではダメです。いじめでけがをしていたら、警察の関与を要請すべき。そこまで至らない場合でも、いじめを禁じるルールに違反したならば罰して、そのうえで被害者に謝罪させることです。

 重要なのは、悪いことをすれば罰せられるという明確なルールを設けることです。現状では多くの場合、ルールがあいまいな中で、末端の教師の指導でお茶をにごしています。被害当事者が学校の対応に納得することが必要です。いじめがあった直後の対応が大切なんです。学校や周囲が解決してくれない場合、大人への不信感が生まれます」

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いじめ後遺症」が残ると、PTSDはもちろん、他人と関わることに恐怖感を覚え、大人になってからも生きづらさを抱えて苦しむ人が少なくない。東京大学准教授で精神科医の滝沢龍氏らによる研究では、いじめ被害にあった経験者の「自殺・うつ」の発症リスクは2割高いと指摘されている。

いじめは、加害者にとっては武勇伝なのかもしれませんが、被害者にとっては現在進行形のスティグマ(恥)です。ただし、回復はできます。新たに少しでも親密な人間関係を築いて、人間不信を上書きすることです」(斎藤氏)


取材・文/渋井哲也 ジャーナリスト。長野日報を経てフリー。若者の生きづらさ、自殺、いじめ、虐待問題などを中心に取材を重ねている。『学校が子どもを殺すとき』(論作社)ほか著書多数