Hさん(仮名・50歳)の場合

 妻と娘2人を家族に持つ営業職のHさん(仮名・50歳)。ごく普通のサラリーマンだった彼が盗撮に手を染めたきっかけは、営業先でスマホに入っている「無音アプリ」の存在を知り、興味本位でダウンロードしたことだったという(以下、加害者の発言はすべて『盗撮をやめられない男たち』より引用)。

Hちょうど7年前、ジョギングをしているとき、前を走っている女性のタイトなジョギングウェアのお尻に目がいってしまい、つい試しに無音アプリを試してみたらうまく撮れてしまったんです。後ろ姿なのでバレることもありませんでした」

 著者の斉藤氏いわく、盗撮を始めるきっかけの多くは、Hさんのように興味本位の軽い気持ちから。世間でよくイメージされるような「性欲が抑えきれなかった」といった動機は、実は少数派なのだとか。しかし、そこでなんらかの達成感や充実感を脳が学習してしまうと、やがて盗撮行為に耽溺(たんでき)していき、次第にやめられなくなっていくのだという。

 Hさんも、成功した達成感が罪悪感を上回り、やがて通勤中の電車内でも女性のお尻やスカートの中を狙って盗撮を繰り返すようになった。

H「仕事でイライラすることがあったときやヒマなときも盗撮したくなっていました。特に、ぽっかり空いた時間がいちばん危ないんですよね。日曜はヒマで時間を持て余していたので、お酒を飲んで気分を高揚させてから電車に乗って、下着の見えそうな女性の前に座るという行動を繰り返していました」

 このように、盗撮をはじめとする性依存症は、性的な快感にハマって依存するというよりも、日常のストレスやむなしさといった苦痛から、一時的に逃れるための手段として耽溺していくのが特徴。「仕事で嫌なことがあったとき」「お酒を飲んで気が大きくなったとき」など、特定の状況が犯行のトリガー(引き金)になることも多い。

 結局、Hさんは最初に盗撮に手を染めてから5年後、犯行を目撃していた人に取り押さえられ逮捕される。しかし起訴はされず、弁護士を経由して示談金70万円を支払った。

 これは盗撮の示談金としてはかなり高額なほう。初犯なら大抵は10〜30万円の示談金で解決できてしまい、起訴されることはまずない。たとえ起訴されても執行猶予がついたり、罰金刑などの略式命令で刑事手続きが終わることが多い。そのため、懲りずに再犯を繰り返す人が後を絶たないのだという。

盗撮や痴漢は「依存症」

 示談が成立した後、Hさんは弁護士に紹介されて榎本クリニックを受診した。

H 「警察や弁護士から“絶対に病気だから専門病院に行け”と強くすすめられて。榎本クリニックで専門の再発防止プログラムを受けて、自分の認知の歪みに気づきました。以前の自分は“撮った画像をネットに上げるわけでもなく自分で楽しんでいるだけだから、人には迷惑をかけてない。相手を傷つけているわけではないから何をしたっていい”と思い込んでいたのですが、そうではないことにはっきりと気づけました」

 性依存症には適切な治療が必要であり、残念ながら刑罰を課したり反省を促したりするだけでは再犯を防ぐことはできない。にもかかわらず、Hさんのように最初の逮捕を機に治療につながるケースは、実際には珍しいのだとか。

 そんな彼ですら、最初の犯行から受診につながるまで5年もかかっている。その間、被害者が毎日のように生まれ続けていたと考えると、盗撮がいかに暗数(主に犯罪統計において、警察などが認知していない実際の発生件数のこと)の多い性犯罪であるかがうかがい知れるだろう。

 Hさんは、クリニックを受診して2年以上経つ現在も、再発防止プログラムを継続して受講している。

H「今は、トリガーになるような性的な雑誌や動画は見ないようにしています。お酒もトリガーになるので外では飲まないようにし、家にいるときも妻が夜勤でいないときは禁酒しています。

 また、ヒマになってしまうのもいけないので、スケジュールをしっかりと組むようにしました。特に以前は日曜がヒマだと盗撮に出かけてしまっていたのを、今はペースはゆっくりですが1日8時間ほどかけてジョギングするようにしています」

 通常の感覚だと、「つべこべ言わずに盗撮なんて今すぐやめろよ」と思ってしまうが、一度盗撮に依存してしまった人にとっては、盗撮をしなくても済む習慣を身につけ、盗撮したくなってしまったときどう具体的に対処するか決めておくなど「盗撮のやめ方」を学び、自分の行動やリスクを管理するためのプログラムが不可欠なのだ。