Oさん(仮名・45歳)の場合

 本書には、もう1人の盗撮加害者が登場する。メーカー勤務の会社員だったOさん(仮名・45歳)だ。彼は17年前に盗撮行為を始めてから、なんと3度の逮捕と2度の懲役刑を受けている。

 もともと盗撮系のアダルトビデオを好んで見ていた彼は、自分でも撮ってみたい欲求に駆られ、大型ショッピングモールや書店などで、靴に小型カメラを仕込み女性のスカートの中を撮影するようになった。

O盗撮しているときは悪いことをしているとわかっているのですが、それよりも盗撮したいという気持ちのほうが上回って感覚がマヒしている状態でした。そして、週に一度だった盗撮の頻度がどんどん増えてほぼ毎日になっていったので、“あれ? これはちょっとおかしいな”“自分で行動をコントロールできなくなってきているな”と気づきました。でも、もうそのときには、意志の力ではやめられなくなっていたんです」

 盗撮の反復性・常習性の強さを端的に表した発言だ。「何か自分の中で大きな不思議な力が働き、誰にもできないことが自分にはできるという高揚感や全能感のようなものが芽生えていました」という言葉からも、盗撮が単なる性欲に由来するものではなく、支配欲や承認欲求に駆られてハマっていくものであることがわかる。

 31歳で最初の逮捕をされた彼は、初犯としては珍しく起訴され裁判となり、懲役1年・執行猶予3年の判決を言い渡される。しかし、その執行猶予期間中だった33歳のときに再犯してしまい、2度目の逮捕。結果、1年3か月の実刑判決が下されて服役することになる。

 出所後は、榎本クリニックで再発防止プログラムを受け、順調に回復への道を歩んでいるかに見えたOさん。盗撮行為の代わりに打ち込める健全な趣味を作ろうと地元のダンスサークルで活動を始めるが、そこに思わぬ落とし穴が待っていた。

カメラを壊して「やめ続ける」しかない

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O「そのダンスチームでは、練習や大会のたびにメンバー同士で記念撮影をして、それをLINEのトークグループで共有する習慣がありました。私は、スマホを持ったらそれが“再発(リラプス)”のトリガーになるだろうという自覚があったので、あえてカメラ機能のないガラケーを使っていたんです。

 でも、メンバーはもちろん私が盗撮加害者だったことを知りません。“なんでこの人、今どきガラケーなんだろう”と思われるのが気まずかったし、何よりせっかくメンバーとして認められたチームで、私も写真を撮ったり撮られたりして、もっとみんなとつながりを深めたいと思ってしまったんですよね」

 サークル活動の仲間ともっと交流したい。そんな純粋な思いから、ついカメラ付きのスマホを購入してしまったOさん。これをプログラムでは、リスクが高まりやすい条件のひとつである「一見重要ではない決定」と呼んでいる。タイミングの悪いことに、最初の服役を機に転職した職場がかなり劣悪な労働環境で、仕事にストレスを抱えていたことも災いした。

O「気がついたら、動画モードをオンにしたままエスカレーターに乗り、女性のスカートの中を撮影していました」

 こうして39歳で実に3度目の逮捕。10か月の実刑判決を受けた彼は、41歳で出所して現在に至る。「理解されないかもしれませんが、本当にやめたいけどやめられない状況でした。もう自分でもどうしていいかわからなくなっていました」と語る切実な口ぶりからも、依存症がいかに深刻な病かがわかるだろう。

 実際のところ、依存症の治療過程で「再発」はつきものだという。このようにトライ&エラーを繰り返しながら、依存症に「完治」はないことを受け入れ、1日また1日と「やめ続ける」ことにしか回復への道はないのだ。

O「あれ以来携帯電話をスマホからガラケーに戻して、万が一、盗撮したくなったときのためにカメラのレンズを壊してコーティングしています。これで、カメラを起動しても撮ることができません。周りから“今どきガラケーなの?”といじられた場合は、“ゲームに課金しすぎちゃってガラケーに戻した”と言い訳するようにしています」

 一度依存症になってしまったら、そうまでしないと「やめ続ける」ことはできないのである。

* * *

 もちろん被害者の感情に寄り添えば、「性犯罪者は二度と塀の中から出てくるな!」と思うのももっともだ。

 だが、彼らも自ら望んで性依存症者になったわけではない、と本書の中で斉藤氏は述べる。言い換えれば、私たちもふとしたきっかけで、いつ盗撮や痴漢などの犯罪行為にハマってしまうかわからないのだ。そこに依存症の真の恐ろしさがあるといえる。

 だからこそ、私たちは性犯罪や性依存症のメカニズムを正しく理解し、その治療や回復、あるいは予防や再犯防止に社会全体で取り組む必要がある。いわば本書は、盗撮という身近にある性犯罪を通して、この社会が抱えているより大きな問題を提示しているのである。

福田フクスケ(ふくだ・ふくすけ)
編集者&ライター。週刊誌の編集を経て現在は書籍編集。またライターとして田中俊之・山田ルイ53世『中年男ルネッサンス』(イースト新書)、プチ鹿島『芸人式新聞の読み方』(幻冬舎)、松尾スズキ『現代、野蛮人入門』(角川SSC新書)などの構成に参加。雑誌『GINZA』で連載コラムも。Twitterやnoteにて、恋愛・セックス・ジェンダー論の発信もしている。