起きたら50歳になってた……

 7月23日、そんな文言をTwitterに投稿したのは『だめんず・うぉ~か~』などで知られる漫画家・倉田真由美さん。それに続けてつぶやいたのは、《「おめでとう」の温かいお言葉、ありがとうございます! ただ、ちょっと冷静になりたいので二度寝して参ります…》の文言だった。今回のインタビューで改めて“50歳という節目を迎えて感じたことは”と問うてみたところ、意外な回答が。

人間は十進法で生きているから0とか1とか5といった数字に特別感を感じてしまう。けれども、あんまり関係ないんですよ。何が変わるわけでもない

 しかしそんな彼女は今年、漫画家として大きな変化……つまり、新たなチャレンジをする。初の長編作、題材は自身初となるミステリー、初の電子コミックを媒体に選んだ。なぜそんな“初づくし”に挑むのか。倉田さんを直撃した──。

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 倉田真由美さんは29歳だった2000年から『だめんず・うぉ~か~』を執筆。またたく間に人気となり、2002年(故・飯島愛さん主演)、2006年(藤原紀香主演)と2度に渡りテレビドラマ化もされた。だが2013年、同漫画の連載が終了。その後もいくつか漫画を執筆したがヒット作に恵まれず、「もう描けないんじゃないか」と悩んだという。43歳のことだった。

「40歳ぐらいのときに少女漫画誌の『りぼん』(集英社)に作品の持ち込みをしたことがあるんです。でも“うちでは厳しいかな”と断られて。少女が読むものは若い感性が必要で、絵も最先端じゃないと厳しいのだそうです。少女漫画は10代にデビューするのが当たり前で、当時の『りぼん』の連載陣もほぼ20代という状況でした」

倉田真由美さん
倉田真由美さん

 そんな逆風下、倉田さんは“嫁姑問題”を扱った渾身の意欲作『もんぺ町 ヨメトメうぉ~ず』(小学館)を描き上げたものの、部数はそれほど振るわず、「ガックリしたところもある」と振り返る。

『だめんず』は怒りや悲しみが原動力だった

 だが、皮肉にも収入には困らなかった。すでに彼女は漫画以外にも多くの書籍も出版しており、テレビでもコメンテーターとして活動している。けれども、テレビに出演して“漫画家の倉田真由美先生です”と紹介されることが、ずっと辛かったのだという。

「長らく漫画は描いてないのに……漫画家として紹介されることに居心地の悪さを感じていたんです。元漫画家じゃない? みたいな。とはいえ、描きたいものもみつからなかった。結婚し、育児をしていたころに育児漫画の依頼もありましたが、結婚生活も育児も、そんなに苦労してこなかったので、物語としてはつまらないものになると思ったんです。

『だめんず〜』もそうでしたが、私にとってエッセイやノンフィクションは、怒りや悲しみをみんなで共有したいという想いが原動力だった。結婚しているし、恋愛モノももう描けない。でも描きたい。だから私はとりあえず、『形から入る』ことにしたんです

倉田真由美さん
倉田真由美さん

 “漫画家・倉田真由美”に悩み続けて4年が経ったころ、彼女は“ペンタブレット”を購入した。液晶に専用のペンで絵を描くもので、いわばデジタルコミック。紙とペンで漫画を続けて30年──この経験を捨て、47歳にして人知れずデジタルに“入門”していたのだ。

 しかし、ここでも壁が立ちふさがった。「教室に通い始めたのですが、受講生は20代ばかり。講師も自分より若い。私だけ47歳のお母さん。そんな環境下で勉強してみたのですが、講習会の場ではできたことが、数日後には忘れてできなくなっていたんです。何回か通いましたが、ペンもタブレットもまったく使いこなせなかった」