モラハラ被害者がモラハラ加害者になる可能性

 しかし、発言権のない妻が関係者や世間サマに話を聞いてもらう方法が、1つだけあるのです。それは「メダリストの母」になること。日本は「夫や子どもを大成させるのが、女性の務め」という考えが強い国ですので、自分が金メダルをとらなくても子どもが金メダリストになれば、発言権を得られます。

 こうなると、何が何でも子どもには金メダリストになってもらわないと困るので、妻は子どもに「結果がすべて」「結果を出さない人間に価値がない」と刷り込むことになるでしょう。夫にモラハラされ、モラハラのつらさを一番知っているはずの妻が、今度は子どもにモラハラしてしまう可能性が出てくるのです。

 臨床心理士の信田さよ子氏は『夫婦の関係を見て子は育つ』(桐梧書院)内において、金メダリストの母のような成功者について《子どもにべったりとくっついて過剰なくらい世話を焼き、理想どおりに育てた後も、支配者という心地よい座を捨てようとしないで、子どもがいくつになっても『子どものために』を言い続けて離れようとしない》と、子どもに依存してヤバくなる可能性ついて指摘しています。

 しかし、世間は「成功した人の言うことは、正しい」というバイアスが強いため、「金メダリストの母」が子どもにべったりでも、「あれくらいヤバくならないと、子どもは金メダリストにはなれないのだ」とヤバさを推奨されているように受け止める母親がいないとも限りません。その結果、世の中にはモラハラの種子を受け付けられたヤバ母が増殖してしまうのではないでしょうか。

 有名人のモラハラが記事になるのは、モラハラへの嫌悪と言えるでしょう。しかし、皮肉なことに、モラハラを嫌う人の中に、モラハラ因子を持っている人も少なからずいると思うのです。

 ネットの書き込みで「モラハラだとしても、内村の業績はゆるがない」という意味のものを見ました。もちろんそのとおりで、彼は偉大な体操選手でしたし、よき家庭人のイメージでCMに出ているわけでもありませんから、こういう報道があっても今後の活動に影響がでることはないでしょう。しかし、誰かの何かについて論じるときに、すぐに社会的な業績を持ちだしてくることこそが、モラハラの芽だと思うのです。

「社会的な成功者は常に正しい」「有名大学に入れれば、絶対に子どもの人生は安泰だ」「子どもが優秀なのは、すべて母親の育て方のおかげだ」。私たちは毎日のようにこういう情報をシャワーのように浴びています。こういう極論をまるっと信じてしまう限り、モラハラする人、される人はいなくならないでしょう。つまり、私たちはみんなモラハラ加害者で被害者予備軍なのだと思わずにいられません。


<プロフィール>
仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ。会社員を経てフリーライターに。『サイゾーウーマン』『週刊SPA!』『GINGER』『steady.』などにタレント論、女子アナ批評を寄稿。また、自身のブログ、ツイッターで婚活に悩む男女の相談に応えている。2015年に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)を発表し、異例の女性向け婚活本として話題に。好きな言葉は「勝てば官軍、負ければ賊軍」