反対する父親の心を動かした聖子の“覚悟〟

若松さんが初めて福岡で会った時の印象に近いという、ワンピース姿の清楚な聖子(1980年6月撮影)
若松さんが初めて福岡で会った時の印象に近いという、ワンピース姿の清楚な聖子(1980年6月撮影)
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 聖子は、件のオーディションの九州大会で優勝を果たすが、父親の猛烈な反対にあい、本選への出場は辞退している。さらに、歌手デビューなんてもってのほかで、その道のりは険しかった。

「お父さんに直接お会いしたり、電話で説得したりしたけれど、ことごとくダメで、最後は電話もしてくれるな、とまで言われて……。

 初めて彼女の歌を聞いてから、お父さんの許しを得て、デビューするまで約2年かかりましたよ」

 そんな父親の心を動かしたのはなんだったのか。

私の、何が何でもデビューさせたいという気持ちと、聖子自身の覚悟がすごかったですね。中途半端な気持ちじゃなく、粘り強く自分の気持ちを貫くっていう覚悟がお父さんを変えたんでしょうね

 途中、聖子から若松氏のもとへデビューへの熱い気持ちをつづった手紙が届く。手紙を受け取るたび、若松さん自身も改めて奮起したという。

「全部で6通。彼女のまっすぐな人間性と、その時々の気持ちが強く伝わってきて、いまも大事に持ち続けています」

 その後、晴れてデビューを果たし、瞬く間にトップアイドルとして人気を不動のものにしていった聖子。

 彼女が多くの人に支持されたのはどんな素質からだったのだろう。若松氏がたびたび繰り返したのは聖子の“勘のよさ”。

今度の曲だから覚えてって渡すでしょう、でも多分あんまり練習してこなかったと思うんですよね(笑)。でも、むしろ、ぶっつけ本番が強い子だから、歌いこなしちゃうんだよね。一生懸命学習して学習して、覚えてっていうタイプじゃないの