今から4年前の'18年、山口県で行方不明になった2歳児の男の子を颯爽と捜し出し、“スーパーボランティア”と呼ばれた尾畠春夫さん(82)。その見事な救出劇とあわせ、ユーモアあふれる明るい人柄やボランティアに打ち込む姿も話題となった。

 3年間の密着取材を経て『尾畠春夫のことば お天道様は見てる』(文藝春秋刊)を上梓した、フリーライターの白石あづささんは、

「物価が上がったり、世界情勢も先が見通せない今、尾畠さんの“まっすぐな言葉”が心に響くんです」

 と語る。多くの人が生きづらさを感じる現在、お金に頼らず豊かに自分らしく生きる尾畠さんの言葉とは? 彼の半生を追いながら、白石さんが振り返る──。

“スーパーボランティア”尾畠さんの生活

『週刊文春』編集部の依頼で、私が尾畠春夫さんの取材を始めたのは、まだコロナ禍前の2018年の夏の終わりだった。テレビで流れる尾畠さんは、元気で快活そのもの。80近いお年にもかかわらず筋骨隆々、災害があればボランティアに飛んでいき、ダジャレを言って周りを沸かせるユニークなおじいさん……。

 そんなイメージがあったが、普段はどんな生活をされているのだろう? 大分の家を訪ねると、庭には畑とかまど、軒下にはサルノコシカケが干されて揺れている。外壁には捨てられていたあらゆる物がつるされており、家の中には天井まで格言らしきメモが壁にびっしり。

 常人離れしているのは家だけではない。赤い鉢巻きをしたご本人のズボンもリュックもツギハギだらけ。元の生地が見えないほどだ。靴も底を古タイヤで補修して何十年も履いているのだとか。

「毎月の収入は5万5千円の年金のみ。風呂は無料の共同浴場へ行くし、服や道具は不法投棄されたものを直して使っとる。ガスがもったいないから、できるだけ枝を集めて、作ったかまどで育てた野菜を煮炊きしちょるし、縫い針だって針金を叩いて自作してるんよ。物は有限、知恵は無限ちゅうでしょ。工夫次第でなんとかなるもんよ」

 食生活も質素倹約、そしてワイルドだ。「食事をするときは、米一粒、汁一滴の気持ちになる。せっかく生まれて料理されて食べられなかったらどんなに悲しむか」と、尾畠さんは飲み終えた味噌汁のお椀にお湯を入れて最後の一滴まで無駄なくすする。

 バナナは皮まで食べるし、時には雑草を摘んだり、海辺で海藻を拾って干したり。取材中、山道にいたマムシを捕まえ切り裂いたときはドン引きしたけれど、後日、軒下で揺れるマムシの干し肉を見て、店で買わなくても食糧は案外、身近にあるのだということを教えられた。

「こんな生活、人には呆れられるけど、でもねえ……日本は自給率が低いでしょ? 外国だって自分の国で何かあったら輸出してくれないよ。姉さんも食糧がなくなったときのために、どこに食べられる草があるか覚えておいたり、1度はバナナの皮を食べてみておくといいよ。いざとなったら学歴も金も関係ない。たくさん経験した人が生き残るんだから」

 取材時は他人事のように聞いていた私も、実際にコロナ禍やウクライナ問題が起きてから尾畠さんの言葉が身近に感じられるようになった。バナナの皮を食べなくてはならない事態にまだなっていないのが幸いというべきだが。