取材の基本は「右手に花束、左手にナイフ」

 大島さんは1999年に独立、フリーのディレクターとして仕事を始めた。

「フリーの良さは、命じられたわけではなく自分で選んで仕事をやっていて、嫌なら断ればいいということですね。“仕事にはっきりと値段がつく”ところもよかった」

フジテレビ時代の大島さん。ディレクターとして『NONFIX』をはじめ数多くのドキュメンタリー番組に携わる
フジテレビ時代の大島さん。ディレクターとして『NONFIX』をはじめ数多くのドキュメンタリー番組に携わる
【写真】映画監督・大島渚さんを父に、女優の小山明子さんを母に持つ大島新さん(53)。幼き頃の家族写真。

 当時は『情熱大陸』などの制作で腕を磨きながら、番組を「大島印」にするべく尽力していた。つまり、ディレクターの個性が際立つドキュメンタリーを目指したのだ。

 そこで意識したのが、被写体との「会話」だった。

「被写体を“私はあなたをこうとらえた”と、個人的な思いをにじませながら表現することに努めたんです」

 大島さんは、被写体との望ましい距離の取り方を「右手に花束を、左手にナイフを」と表現している。

「これは先輩の受け売りなんですけど(笑)。1人の対象を追う人物ドキュメンタリーは、どうしても“その人をたたえる”内容になりがちです。ただ、手放しで褒めたたえると、プロモーションのような気持ち悪い番組になってしまう。だから“花束とナイフ”が必要になるんです」

 ここで言う「花束」とは、「あなたに好感を抱いています」「あなたの仕事を尊敬しています」と表明すること。だが、過剰に褒めるのは逆効果。大切なのは、その人のどの部分に興味を抱いているのか、自分の考えをきちんと伝えることにあるという。

「そうした関係を築いたうえで、今度は“ナイフ”です。これは批評性と言い換えてもいいでしょう」

 自分なりの『裏テーマ』を用意して、質問をしていくのだ。例えば『情熱大陸』で作詞家の秋元康さんを取材した際、大島さんはこう尋ねた。

「秋元さんは人間のタイプとしてどちらに近いですか?1、ピカソ。2、広告代理店マン」

 秋元さんの答えは「ピカソになりたい広告代理店マンかな。でも、なりたいと思った時点でダメなんだよね」

 大島さんは、秋元さんに一本取られたと告白する。

監督第2作の映画では鬼才の多面的な素顔を記録。『園子温という生きもの』(2016)(c)「園子温という生きもの」製作委員会
監督第2作の映画では鬼才の多面的な素顔を記録。『園子温という生きもの』(2016)(c)「園子温という生きもの」製作委員会

「花束とナイフ」を手にしながら、相手の発言や目の前で起きたことに正直に向き合い、決して逃げ出さない。そんな大島さんの姿勢は映画に場を移しても変わらない。2007年の初監督作品『シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録』、『園子温という生きもの』といった人物ドキュメンタリーのなかにも、色濃く表れている。