そんな最中に、出演オファーを受けたのが『細うで繁盛記』(日本テレビ系)だった。実は、当初は断るつもりでいたの。当時、私は20代の終わり。役柄的に難しいんじゃないかなって。でも、舞台が生まれ故郷の静岡だと知って、やけのやんぱちでやってみることにした。

 台本は大阪弁で書かれていたけれど、私が方言指導をするという感じで伊豆弁になった──というのは、案外知られていないお話かもしれない。

 私は、それまで伊豆弁のなまりがコンプレックスで、アクセントを直されるたびに、顔から火が出るような気持ちになっていた。ところが、演出家の小泉勲さんが「好きなようにやっていい」と言ってくださって、思い切り開き直って「犬に食わせる飯はあっても、おみゃーに食わせる飯はにゃーだで!」なんて、故郷の方言を遠慮なくまくし立ててみた。そしたら吹っ切れちゃったの(笑)。

 コンプレックスだと思っていたものが、“面白いもの”だと感じることができた私は、演じれば演じるほど『細うで繁盛記』の現場が楽しくて仕方がなかった。

 主役の新珠(三千代)さんも、「いいのよ眞奈美ちゃん。もっとやってちょうだい。蹴っても殴ってもいいのよ」なんて声をかけてくださるようになってね。演者がノリにノッていたからこそ、『細うで繁盛記』は人気ドラマになったのだと思う。

 ちなみに、私が演じた正子のトレードマークである牛乳瓶の底のような眼鏡。あれって、縁がべっ甲でできた特製品だったのよ。記念に取っておいたんだけど、あるとき見てみたら、べっ甲の部分が虫に食われていて、持ち上げたらレンズがポロンと2つとも取れてしまった……。 

 女優魂なんて大それたものはないのね。どういう役に巡り合えるか、だと思う。正子役がヒットしたことで、その後、私は出戻りや行かず後家の意地悪な役ばっかり来ることになっちゃったけど!(笑)

冨士眞奈美(ふじ・まなみ)●静岡県生まれ。県立三島北高校卒。1956年NHKテレビドラマ『この瞳』で主演デビュー。1957年にはNHKの専属第1号に。俳優座付属養成所卒。俳人、作家としても知られ、句集をはじめ著書多数。

(構成/我妻弘崇)