父から言われた「普通に生きるな」

 武藤さんは、スター性もさることながら、その明るいキャラクターも人気の秘訣だ。バラエティー番組などで長州力さんとタッグを組み、笑いを生み出す姿は、お笑いコンビも顔負けだろう。「家の中でもあのまんまです」。そう霧愛さんは、親しみを込めて父を評す。

「愛情深い人だと思います。自分の人生の経験をもとに、私の人生を考えてくれたり相談に乗ってくれたりします。背中を押してくれ、それに対して全力で応援してくれる。人としても、とても尊敬できるお父さんです」

 父・武藤敬司から教わったことのひとつに、「普通に生きるな」という言葉があったと、霧愛さんは振り返る。

「私が就職を考えたとき、お父さんから『いつでもできることをしていいのか?』と言われたんですね。普通だったら、『おまえも大人になったなぁ』なんて言うと思うんですけど、『もっとチャレンジしろよ。好きなことを表現しろよ』って言うんです」

 武藤さんは、新日本プロレスに入門した1年後に、アメリカへ海外遠征を果たす。そこで日本のプロレスとは異なる“魅せるプロレス”を吸収し、後に魔界からやってきたという悪役レスラー「グレート・ムタ」としてアメリカマットを席巻する超人気レスラーへと駆け上がる。身ひとつで、アメリカを熱狂させた武藤敬司が口にする「普通に生きるな」は、説得力が違う。

 現在、霧愛さんがシンガー・ソングライターとして活動するのは、そんな父の教えが息づいているからでもある。

 “霧愛”という名前は、「霧の中でも愛情を見つけられるように」という思いを込めて付けたそうだ。だが、プロレスファンなら、こう想像するのではないか。ムタの必殺技のひとつである「毒霧」(口から毒を噴霧する)からインスパイアされたに違いない──。そんな予想を飛び越えるように、霧愛さんからは意外な答えが返ってきた。

「私は書道の師範の資格を持っているのですが、芸名を考えるにあたって、いろいろな漢字を書いてみたんです。そのときに、『霧』と『愛』が並ぶととても形がきれいだったんで、『これだ!』って。ところが、無意識で選んだ漢字だったのに、よく見ると『ムタじゃん!』って気がついた(笑)。武藤敬司のDNAが流れているんだなって笑っちゃいました」

 父親譲りの自由な発想。“ムタ”はすでに引退した(魔界へと還っていった)が、その娘“ムゥア”も恐るべしである。

インタビュー中の霧愛さん(撮影/伊藤和幸)
インタビュー中の霧愛さん(撮影/伊藤和幸)