あげまんならぬヒットマンだ!

 上空でも地上でも、多くの男性と浮名を流してきた彼女は、先ごろ日本代表が感動的な優勝を遂げたWBCで戦う男たちにも夢中だったという。

「孫ほども若い男の子たちにときめくわけじゃないけれど、私は昔から、男性は“鼻”の大きさと形で選んできたのよ。鼻の穴が横に広がった、ワイルドな形の鼻の男性が好きなので、試合中は各国選手の鼻をチェックしていたわ。『あら、いいわね〜』なんて。

 昔はプロ野球選手のお友達もたくさんいて、特定の球団を応援できなかったんですよ。もちろん、夜のお相手もたくさんしました。ある人気選手は、不調続きで2軍落ちしそうだった時期に私と夜を共に過ごしたんだけど、その翌日の試合でヒットとホームランを2本も打ってスランプ脱出! それを聞きつけたほかの選手が『カルーセル麻紀はあげまんならぬヒットマンだ!』なんて言い出して、私の夜の試合数も増えちゃったわ」

カルーセル麻紀がゲイバーで働き始めた15歳のころ。当時の源氏名は「マメコ」だった
カルーセル麻紀がゲイバーで働き始めた15歳のころ。当時の源氏名は「マメコ」だった
【写真】15歳当時のカルーセル麻紀さん。家出をして間もない頃

 そのほかにも、名だたる有名俳優や文化人と枕を共にし、彼女は有名人たちの“夜”の生き証人となっていったのだ。

 しなやかに年を重ねて80年。取材当日も、彼女はカルーセル麻紀の代名詞・13センチのピンヒールをバッチリ履きこなし、バレリーナのように足を高く上げるなど、われわれの度肝を抜いた。そんな彼女の美と健康の秘訣は“スマホの歩数計”にあるという。

「おととしからスマホに変えたんです。スマホには歩いた距離や歩数を測る機能があるので、それを見ながら毎日5000歩以上歩くように決めているの。基本的に家の中を縦横無尽に歩くだけだから、傍から見るとすごく滑稽なんだけどね(笑)。でも毎日続けたら足腰も強くなったし、お腹まわりも締まってきて、今日初めてはいたレザーのパンツもピッタリ! 全部スマホのおかげですよ」

 性別だけでなく、加齢の壁すらも乗り越えてしまったようだ。しかし、以前は脚の血管が狭くなり、血流が悪くなる「下肢閉塞性動脈硬化症」に悩み、まったく運動をしていなかった。

「身体を動かすようになったきっかけは、3年前に発症した脳梗塞。幸い後遺症もなく退院したけれど、それからすぐにコロナ禍になって外出を控えたら、ますます太っちゃった。このままじゃマズいと思って、家の中で運動をするようになったんです。2年前には下肢閉塞性動脈硬化症の6回目の手術もして、またピンヒールが履けるようになってうれしいわ」

 また、脳梗塞の発症を機に長い髪をばっさり切り、白髪染めも卒業。手入れもラクになり“今の自分に似合う髪色”が気に入っているという。

「女優の草笛光子さん(89)もグレイヘアがとても素敵ですよね。昔、草笛さんと映画で共演したときに、とても気さくに接していただいたのはいい思い出。それに、あのお年でバリバリ働く彼女を見ていると、私も頑張ろう!って思えるんです。今は年を取ってトイレが近くなったのが悩みだけど、元気に100歳まで生きなくっちゃね!」