感じてきた教育への憤りを受け止めて

今年3月、生徒たちの卒業式のときの写真だが、藤井さん自身もこの春退職した
今年3月、生徒たちの卒業式のときの写真だが、藤井さん自身もこの春退職した
【写真】不登校から通信制高校〜東大入学、文部科学省への転身までの軌跡

 そんな藤井さんは昨年、文部科学省への転身を考え始めた。その理由を説明する。

「ほとんどの人は全日制を卒業します。社会って、学校のあり方も教育のあり方も全日制を基準にまわっていて、教育行政を考える学者も文科省も、全日制に通っていた自身の経験をベースに考えてしまいがちです。だから当然、そっちの方向へしか物事は動かない。“それが当たり前ではない”と教育行政の中で発信できる人間は、誰一人いないようにみえた」

 教育行政を内側から変えていくことを考え始めたのだ。

 藤井さんは、難関で知られる国家公務員総合職試験を受験して合格。この4月、文部科学省職員となった。

 現場で教員をした経験から、定時制出身者であっても、学力的には全日制と大差ない生徒も多いことはわかっている。

「だけれど定時制と全日制という学校の箱が異なるだけで、その先歩んでいく進路や人生がまったく変わってしまう現実がある。その結果、社会から与えられる評価にも、差が生じてしまっています」

 定時制出身者の一人として、藤井さんがもっとも憤る現実。

 だが社会改革そのものだけに、一朝一夕には実現できない、厳しく困難なミッションでもある。

 前出・管野先生が言う。

不登校の教育に関しては、藤井くんには自分なりの強い考えがあります。それでも採用した文科省も立派だと思いますが、行政マンとしては意見を抑えなければならない部分もあるはずです。まともにぶつかるんでなく柔軟に対応して、最終目標を達成できる人になってほしい」

 先輩の宮口さんは、「社会学では社会的地位が変わることを社会移動といいます。

 藤井くんはセーフティネットとしての定時制やフリースクールでは社会移動にはならず、むしろ固定化するとして批判的ですが、違う見方もできます。行政に携わることになった以上、より幅広い人々のニーズや状況への応答的な見解こそが正統。そんなアップデートされた『正統性』を追求してほしい。よりバージョンアップした藤井バージョン2や3が見たいです」

 全日制の基準では活躍できない人も、別の基準なら活躍できる可能性はある。多元的な基準を認める柔軟性も持ち合わせてほしいと語るのだ。

 これまで藤井さんがさんざん感じていた現実。だが官僚となり、教育行政を動かす立場になった以上、成果がなければ自分が感じていた憤りは、これからは自分自身に向けられるものとなる。キャリア官僚への転身は、自ら背水の陣を敷いたともいえる。

 藤井さんが、自分自身に言い聞かせるかのように言う。

「自分が感じてきた教育への批判や憤りを、自分自身で受け止められるか─。

 そう自問しながら、働いていこうと思っています」

※本インタビューはあくまで一個人の意見であり、所属組織を代表するものではありません

<取材・文/千羽ひとみ>

せんば・ひとみ フリーライター。神奈川県横浜市生まれ。企業広告のコピーライティング出身で、人物ドキュメントから料理、実用まで幅広い分野を手がける。近著の『キャラ絵で学ぶ! 徳川家康図鑑』(共著)ほか、著書多数。