目次
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ー 99%が生まれた時点でほぼ人生が決まっていた時代
Page 2
ー “女性は生理で感情的になるから、職業に就くのには向かない”
Page 3
ー 年齢関係なく挑戦することに必ず意味がある

 明治時代の日本は、女性の社会進出がまだ限られていた時代。家庭内での役割が重視され、女性が職業を持ち、男性と肩を並べて働くことは一般的ではなかった。そうした時代にあって、「選択肢が少ない中で道を切り開いた人物」として語られるのが、看護の礎を築いた 大関和(おおぜきちか)。その生き方から、今を生きる私たちが受け取れるものとは―。

99%が生まれた時点でほぼ人生が決まっていた時代

 3月30日にスタートしたNHK連続テレビ小説『風、薫る』(以下、『風、薫る』)明治という激動の時代に、当時はまだ日本になかった看護師という仕事の誕生に生涯をかけた女性たちを描いた物語だ。

 主人公のモチーフとなっているのが“明治のナイチンゲール”として知られる大関和。日本初の近代教育を受けた看護師として、その分野を開拓した先駆者だ。

和の功績は看護師を専門的な仕事として確立しただけにとどまりません。女性の社会進出など考えられなかった時代に、女性たちが手に職を持ち、自らの力で生きられる選択肢をつくった人だと思っています

 そう話すのは、『風、薫る』の原案『明治のナイチンゲール 大関和物語』の著者、田中ひかるさん。

 明治という時代は、文明開化が起こり、新しい時代の幕開けのように思われがちだが、まだまだ女性に人生の選択肢はなく、“99%が生まれた時点でほぼ人生が決まっていた時代”だったと表現する。

 そんな時世に、女性を社会へ解放すべく道なき道を進んだ大関和。その生涯をたどりながら、同じ時代を生きた女性たちの苦闘と現代の私たちにつながるメッセージを紐解いていく。

当時、女性の生き方は非常に限定的でした。どの階級に生まれても女性は10代で親の決めた家へ嫁ぐのが当たり前。特に貧しい農家の嫁たちは労働力として扱われていましたから、20歳前後で妊娠、出産、授乳をしながらでも田んぼに出続けることを求められました。“田んぼのあぜ道で子どもを産んだ”という話も珍しくありません」(田中さん、以下同)

 さらに貧しい家の娘は遊郭に売られることも。

女性は“家の所有物”であり、自分で進む道を選ぶことなど考えられない時代だったといえます

 大関和もそんな女性の1人だった。栃木県・黒羽藩の家老の次女として生まれたものの、明治維新後に父を亡くし、“没落士族の娘”として18歳で結婚する。お相手の士族・渡辺福之進は40歳。22歳の年の差婚だった。

親の決めた縁談ですから、当時はどんなことがあっても我慢をして婚家を守っていくのが一般的な在り方でした。でも、和は違いました。1男1女をもうけた後、離婚を決めるんです。

 諸説ありますが、夫に“お妾さん”がいたことが大きな理由だといわれています。ただし、当時は夫に妾がいるのはそれほど珍しくなく、むしろ“女性から離婚を言い出すなど非常識だ”と捉えられたはず。離婚はとても勇気ある決断でした