口コミについても、公式情報が出ていなかったためか、ネタバレ投稿は少なかったし、実際にネタバレ投稿がしづらい内容となっている。賛否両論の評価も、まだ観ていない人々の「自分で実際に見て確かめよう」という意欲を喚起したと言えるだろう。

 また、7月は3週連続で日本テレビ系列「金曜ロードショー」で、スタジオジブリ作品が放映され、実質的に「君たちはどう生きるか」のプロモーションとなっていたという点も忘れてはならない。

 さまざまな要素が好循環を生み、結果的に好調な初動が実現されたと言える。

 今後の観客動員数は、正直なところ未知数であり、現時点で成否を判断することはできないし、他の映画作品や、映画以外の商材について本作のやり方を「成功モデル」として一般化することには、慎重であるべきだろう。

同時に見えてきた広告・宣伝の課題

 いずれにしても、本作は「広告・宣伝をやらない」という戦略の壮大な実験だったと言える。

 そうした中、逆に広告・宣伝活動を行ううえで、下記のような示唆も得られた。

1. 広告・宣伝を行わない(あるいは絞り込む)場合、「情報への渇望感」と「情報の自走」が重要である
2. 「良質な口コミ」はヒットにおいて不可欠な要素とまでは言えない
3. 情報感度の低い人たちにこそ広告・宣伝は有効
4. 「情報の出し方」には高度なスキルが求められる

 1については、映画以外にも言えることだが、広告・宣伝をやらないことで「誰からも注目されない」という事態も起こりかねない。

 情報を出さない、あるいは限定的に出していくことによって、人々の興味・関心が喚起されるためには、先述のように、十分な知名度、強いブランド力、ロイヤルティ(忠誠度)の高いファンを獲得していることが重要である。

 それを実現するためには、長期的な取り組みが必要であり、一朝一夕に達成できるものではない。今回の成功は、スタジオジブリの40年近くに渡る実績の蓄積によってなし得たわざだと言えるだろう。

 2に関して、SNSの普及によって「良質な口コミを得ることが成功の秘訣」と言ったことが言われるようになったが、必ずしもそうとは言えないようだ。

「君たちはどう生きるか」の評価は賛否両論だったが、「新解釈・三國志」(2020年公開)、「大怪獣のあとしまつ」(2022年公開)は「否」の意見が圧倒的に多く、「酷評された」と言ってもよい。しかし、両者ともに興行収入では健闘している。